トランプ外交の立ち位置を見抜く
ディールによるアメリカファースト
トランプ外交とは何か
一般には大統領個人が志向する世界観とそれを実現するための外交手法ということだが、もう一つの視点として政権を構成する閣僚、それを支える官僚組織による政策形成プロセスを経て実現するトランプ「政権期」の外交政策とも解釈できる。
いつの政権でも、大統領選挙で表明される大統領の世界観、特に前任者との違いを強調した政策がそのまま現実的に政策になるわけではなく、既存の政策との整合性や継続性、そして変化する国際情勢によって修正を余儀なくされる。
また、政権内での意見の異なる閣僚やアドバイザーがいることも一般的である。しかし、以下の3つの点からトランプ政権は特異な事例であると断言できる。
第一に、トランプ大統領本人が志向する外交政策が、これまで米国自身が主導的に築き上げてきた国際秩序を否定し、破壊することを志向していること。
第二に、既存の秩序破壊の矛先は対外関係だけでなく、国内の官僚組織や専門家たちにも及び、いまだに官僚組織にも空席が目立つなど外交・安全保障の専門家に対する軽視の姿勢が明確であること。
そして第三に、自称「政権内の大人たち」が大統領の破壊的傾向や予測不可能な決定スタイルを抑制し、専門的な知見に基づく政策に軌道修正しようとした結果、トランプ政権期の外交自体が二元的な様相をみせたことであろう。
トランプ大統領個人の志向する外交とは何か
もともとビジネスマンであったトランプ大統領は、外交については定見がなく、機会主義的に外交を行なっていると思われることが多い。
しかし、トランプ氏はビジネスマン時代から新聞に意見広告を出すなど、外交政策について発言を行なっており、またその主張は1980年代から驚くほど一貫している。一言で言うと以下の通りである。
米国は第二次大戦後のリベラルな国際秩序を築き、リードするために尽力してきたが、その秩序そのものからひどい仕打ちを受けている。米国は同盟国の安全を守るために全世界に軍をコミットしすぎであり、経済のグローバル化の流れのなかでも損をしている。
そのしがらみから米国を自由にする必要があり、そのためには権威主義的な他国の指導者と手を組むことも厭わない。2016年の大統領就任演説で謳われた「アメリカファースト」は、まさにこの「負」の現状からの打破を呼びかけるものだった。
「ポピュリスト・ナショナリズム」の信奉者である側近のスティーブン・バノン、スティーブン・ミラーらによって書かれたとされるこの演説は「アメリカの惨状」を強調するものであり、ブッシュ元大統領を含む共和党主流派にも衝撃を与えたとされる。
トランプ政権のNSC(国家安全保障会議)で次席補佐官(戦略コミュニケーション担当)を務めたマイケル・アントン氏によると、トランプドクトリンとは、米国が他国を作り替える事業から手を引くだけでなく、世界各国もそれぞれの主権を重視すべきとの考え方であるという。
物理的な壁や入国管理というかたちで国境を高くして、異質なものを排除する考え方もこの文脈で正当化される。
「ポピュリスト・ナショナリズム」に基づく外交政策は、米国が理想主義的な期待や非現実的な軍事的なコミットメントをやめて、巻き込まれ防止、戦線縮小、外交資源の再配分を重視するドクトリンとも言える。
世界の警察官を降りるが覇権は維持
米国の「世界の警察官」としての振る舞いを見直すとの考え方はトランプ大統領がもたらしたのではなく、米国社会の対外的介入疲れや内向き志向を反映したものであり、オバマ政権との連続性もみられる。しかし、オバマ時代との重要な違いが3点ある。
1点目はオバマ政権期の米国の対外的関与の見直し。
国際協調や国際機関、同盟関係からの撤退、あるいは否定ではなく、関与を見直すことを通じて、より関係を強化することを目指した点だ。また、対外介入の見直しは外に向けて壁を高くすることとは無関係で、むしろ新しい移民を通じて米国の多様性を維持することが是とされた。
そして、直接的に国家建設はせずとも、間接的には人権問題をはじめとする普遍的価値観の波及を目指していた。
2点目の違いは、国内の外交エスタブリッシュメントとの関係の特異性である。
共和党系の外交専門家たちが選挙戦の最中に、トランプ政権に協力しない活動(ネバートランプ・アクション)に名を連ねるなど、政権入りする人材の不足が懸念された。
現実には政権発足当初はジェームズ・マティス国防長官、レックス・ティラーソン国務長官、H・R・マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官など、共和党主流派が政権入りし、ポピュリストのバノン首席戦略官が解任されるなど、トランプ的な方向性が押さえ込まれていた。
この現象は「大人たちがトランプ的な方向性を封じ込める」とも表現された。
その後、2018年3月にティラーソン国務長官が解任され、続く4月にマクマスター補佐官も解任される一方で、よりトランプ大統領に思想的にも政治的立ち位置も近いマイク・ポンペオCIA長官が国務長官に指名されるなど、「大人たち」が次第に排除され、18年12月にマティス国防長官が辞任するに至って、政権当初からの主流派は一掃された。
関連してトランプ政権に特徴的なのは、ホワイトハウスのスタッフ、閣僚、そして国務省、国防総省の政治任命ポストの入れ代わりの頻繁さである。政権中枢要職の回転率は歴代政権に比較しても非常に高く、NSCでは国家安全保障担当補佐官が4回も交代しているほか、8つの要職のうちの7つが1回は交代している。
また、上院の承認を要する約200の連邦政府ポストのうち755ものポストでも空席が多く、20年7月現在でも国務省で74%、国防総省で66%しか満たされていない。
また、トランプ外交の特徴として特記すべき点は、軍との関係である。マティス前国防長官、マーク・エスパー国防長官、ポンペオ国務長官、マクマスター元補佐官をはじめ、それ以外の政治任命ポストについても軍歴があるスタッフの割合が高い。
その理由としては、トランプ大統領自身が軍人は自らの「味方」とみなす傾向が強いこと、また軍人は国家への忠誠心から政権入りを求められると拒むケースは少ないこと、将官レベルでは共和党支持者の割合が相対的に高いことなどが挙げられる。
そして3点目の違いはトランプ外交の二元的な様相だ。
トランプ大統領が独自のドクトリンに基づく外交を進め、外交・安全保障の専門家を軽視した結果、当然の事象として生じてきた。また、トランプ大統領が重用した軍人は、これまで安全保障の領域において同盟国との関係の担い手でもあった経緯もあり、トランプドクトリンによる同盟国との関係見直しへのブレーキとなった。
ただし、軍との関係において懸念されることは、トランプ大統領が大統領の権限についての規範や前例、暗黙の了解には関心がなく、明示的に憲法があると考えていることである(6月のワシントンDCを中心とした平和的デモへの軍隊の投入意志は、その典型)。
一方、平時の同盟管理について意外と大統領の裁量権が大きい点は、基地再配置などの観点から今後注視すべき点である。
アジア外交の現状と今後
トランプ政権の外交の特異性は、アジアの外交にどのように反映されたのか。
トランプ「大統領」の特定国との二国間取引を重視する姿勢と、トランプ「政権」がすすめる、中国の台頭を意識した対インド太平洋の地域戦略とにより、「2つのアジア政策」が展開されたとの指摘をする専門家の見方は多いが、これは先述のトランプ外交の二元性をベースにしたものと言える。
トランプ「大統領」の対アジア外交は、発足直後の2017年1月、TPP(環太平洋経済パートナーシップ協定)からの離脱の発表で幕明けした。トランプドクトリンの観点からは、米国にとって損をすることはあってもメリットはない国際的取り決めに巻き込まれるのを防止したことになる。
アジアには欧州と異なり、EUのような超国家的な官僚機構がない。その観点からトランプ「大統領」はTPP協定という、いわば確実に超国家的機構になる芽を潰そうとした意味で重要であった。トランプ「大統領」のアジア地域への関心の欠如は、2017年のAPECサミットでのスピーチに顕著に現れている。
「われわれはお互いの手を縛り、主権を制約するような取り決めには入らない。私がアメリカファーストを目指すように皆さんも自国を第一に考えることを期待する。二国間で相互に公平な貿易上の取り決めに入ろうではないか」
「インド太平洋」と15回も言及しつつも、国家間の強調を促進することを目的とする場において、その意義を否定するスピーチを行なったのは、トランプドクトリンの称賛そのものである。
一方、トランプ「政権」のアジア外交は、当初は歴代政権のアジアに対する政策や、オバマ政権下で中国の台頭を意識して進められたアジアへのリバランス政策と連続性をもっていた。
米国がアジア太平洋地域において自らの権益を守るために、シーレーンの開放性を守り、民主主義的価値と秩序を促進し、それを下支えするための軍事的プレゼンスを維持するのは、超党派的に続けてきた政策であるが、トランプ政権以降は互恵的な協力戦略から、より対抗的、ゼロサム的な競争戦略になった。
2017年12月に発表された国家安全保障戦略では、「インド太平洋地域には自由と抑圧の2つの世界秩序の間での地政学的競争が存在し、中国は米国の権益に挑戦し、安全と繁栄を脅かそうとしている」という認識に基づき、優先課題として中国の軍事的脅威や「一帯一路」に対抗するために同盟国や友好国からの協力を促す、という競争的論理が貫かれている。
そして2018年1月に発表された国家防衛戦略における同盟国・友好国との連携強化、同年5月に太平洋軍を「インド太平洋軍」に名称変更したことも、このような論理に基づく。
さらに同年11月のAPEC首脳会議では、ペンス副大統領がインド太平洋諸国へのインフラ支援と4億ドルの汚職対策プログラムを発表したほか、2019年6月には国防総省が「インド太平洋戦略レポート」、11月には国務省が「自由で開かれたインド太平洋-共有されたビジョンの推進」なる報告書を発表、構想が次第に具体化しつつある。
これは「2つのアジア政策」が進められてきたなかで、トランプ「大統領」自身による北朝鮮、中国との間での二国間交渉が暗礁に乗り上げ、結果として中国の台頭を意識したアジア地域戦略のなかで、中国に対する強硬姿勢という方向で収斂されつつあるのが今日の様相と言える。
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