イランの新大統領ペゼシュキアン氏への期待~社会の分断の修復と国際協調への転換~
2024年は世界的な「選挙イヤー」である。
既に実施されたものも含め予定されていた主要な選挙としては、台湾総統・議会選挙(1月13日)、ロシア大統領選挙(3月17日)、韓国総選挙(4月10日)、インド総選挙(4月19日~6月10日)、南アフリカ総選挙(5月29日)、EU議会選挙(6月6日~9日)、そして米国大統領選挙・議会選挙(11月5日)などが挙げられる。
さらに、フランス総選挙(6月30日、決戦7月7日)、イギリス総選挙(7月4日)、イラン大統領選挙(6月28日、決戦7月5日)が加わった。
7月第1週目までに26カ国以上で大統領もしくは国会議員選挙が実施されており、現政権に厳しい結果も出てる。
例えば、イギリスではスターマー党首率いる労働党が圧勝し14年ぶりに政権に就く。インド、南アフリカでは、与党が過半数を取れず連立に追い込まれ、フランスではマクロン大統領の与党が第2党になった。台湾、韓国、イランでは、政府と議会の政治勢力にねじれが生じ、難しい政権運営を迫られることが予想される。
今後も、社会の分断が著しい米国での選挙が控えており、2024年は国際政治の転換点になると考えられる。
以下では、現在も続くロシア・ウクライナ紛争とガザ紛争という2つの紛争のカギを握る国の1つであるイランに焦点を当てる。
イランでは、今年3月1日に国会議員選挙で保守強硬派が勝利する一方、6月28日の大統領選挙を経て7月5日の決選投票では改革派のペゼシュキアン氏(元保健相)が当選した。
そのイランにおける政治的変化の分析を通し、国際政治の変化の波について考察する。
イランの2つの選挙
3月1日、イランでは第12期国会議員(290議席の一院制、任期4年)選挙が実施された。
この選挙は、2021年の大統領選挙で当選したライシ大統領が、2022年に起きたヘジャブ強制着用をめぐる全国的な抗議運動を抑え込んだ後の初めての選挙であり、ライシ政権の信任投票的な色合いが濃いものとなった。
結果は、保守派が圧勝し、議席の約3分の2を占めることになった。ただし、その投票率は、過去最低であった前回(2020年)選挙の42.57%をさらに下回る41.00%であり、投票のうち5~8%の無効票があったことから、有権者の政治不信の大きさがうかがえた。
3月の国会議員選挙により、政権運営の観点からは安定の度合いを増したライシ大統領であったが、5月19日、搭乗していたヘリコプターが墜落し、不慮の死を遂げる。
それを受け、憲法第131条の規定にもとづき新大統領の選出が進められ、通常の資格審査も行われ、6月28日の第14回大統領選挙では、6人の最終候補者が争うことになった。
選挙期間中、最終候補者による5回のテレビ討論や地方遊説が行われ、6月21日時点の世論調査では、ジャリリ候補(元国家安全保障評議会書記)が支持率第1位であり、岩盤支持者を有する保守強硬派が強いと思われていた。
しかし、6月24日の世論調査では、改革派のハタミ元大統領、保守穏健派のロウハニ元大統領やザリフ元外相らに加え、民族的マイノリティーなどの支持を受けた改革派のペゼシュキアン候補が、保守強硬派のジャリリ候補、ガリバフ候補(国会議長)を抑えて第1位となった。
同候補は、28日の投票日にも42.5%の得票率でトップとなった(2位はジャリリ候補38.6%、3位はガリバフ候補13.8%)が、得票率が過半数に届かなかったため、憲法117条にもとづき、ペゼシュキアン氏とジャリリ氏との決選投票が7月5日に実施された。
この間、7月1日には両候補による2時間以上にわたるテレビ討論会が実施された。その結果、ペゼシュキアン候補は、投票総数3053万157票のうち53.6%を得票し、当選を果たした。
投票率に注目すると、6月28日は39.9%と低迷し(第13回大統領選挙は48.8%)、国会議員選挙と同様に有権者の関心は薄かったが、7月5日には49.8%に上昇した。
これは、支持政党がない人々が、変化を求めて政治参加したためと見られている。では、この改革派のペゼシュキアン氏の勝利により、イラン外交は新たな路線に踏み出すのだろうか。
外交政策の行方
イランは、ヘリコプター墜落事故で死亡したライシ大統領とアブドラヒアン外相のもとで、中国、ロシアとの関係強化を図ってきた。
中国とは、イマーム・ホメイニ国際空港の拡張工事をはじめとするイランのインフラ部門への大型投資など25カ年包括的協力協定にもとづく協力が進められている。
また、ロシア関係については、2024年2月29日にも19の協力文書が署名されるなど国家レベルの関係強化だけでなく、ライシ大統領は個人レベルでも、3月17日の大統領選挙で勝利したプーチン大統領と交流を深めていた。
そのこともあり、イランはウクライナに侵攻しているロシアに大量の無人機「シャヘド」を提供しているとの疑惑や、ロシア国内で「シャヘド」の組み立てを行っているとの報道が見られており、ウクライナ紛争を戦うロシアにとってイランは重要なパートナー国といえる。
そのロシアのプーチン大統領は、7月7日、ペゼシュキアン氏に祝電を送り、大統領としての活動があらゆる分野でのさらなる建設的な両国の協力関係の発展に寄与することを期待している旨述べている。
ただ、ペゼシュキアン氏は外交分野について、「外交で国の発展と国民の尊厳ある生活を目指す」と国際協調重視の意向を示しており、ライシ政権の外交がそのまま継続されるかは不透明な部分がある。
ペゼシュキアン氏は、「経済制裁」を取り除く決意を示す政治姿勢を評価し、支持してくれたハタミ元大統領、ロウハニ元大統領、ザリフ元外相に応えるためにも、核合意の再建や欧米との対話促進を対外政策の優先課題に据える可能性が高い。
この点では、ロシア関係を重視するハーメネイ最高指導者や国会内の保守強硬派勢力との対立が懸念される。
ただし、ペゼシュキアン氏は、選挙戦で「外交の基礎は国益と国家の安全だ。世界での孤立は避けたい」と語っており、上海協力機構やBRICSの加盟国というライシ政権の成果を活かして、ロシア、中国との良好な関係の維持にも努めることは確かだろう。
難問としてのイラン社会の自由化
ペゼシュキアン氏は、一般の人びとの声に耳を傾ける政治姿勢を持つ政治家として評価されている。それは、同師がアゼルバイジャン系の父とクルド系の母を持つことや、心臓外科医師、タブリーズ医科大学学長としての経験と関係していると考えられる。
こうした同氏の姿勢は、当選発表後の感謝の言葉の中にもあらわれており、「われわれは大きな試練に直面しているが、私はイラン国民の奉仕者であり、今後、議会との理解と協力を通し、緊張の解消を図っていきたいと考えている」と述べられている。
同氏は、その具体案として、政府を監督する委員会の設置を選挙公約としており、国民と政府の橋渡しを担う考えを示している。
現在、イラン国民が望んでいるのは、ヘジャブ強制着用に象徴されるイスラム革命体制を強硬に保守する圧力からの自由といえる。ライシ政権下の2022年、風紀警察による不適切なヘジャブ着用をはじめとする取り締まりが強化された。これに抗議する市民デモと治安部隊の衝突が各地で見られ、多数の逮捕者が出ただけでなく、500人以上の死者もでた。
ペゼシュキアン氏は、こうした厳格な取り締まりには否定的な立場ではあるが、ヘジャブの強制着用などイスラム体制による宗教的な社会圧力は、イスラム法学者の統治が背景となっているため、ハーメネイ最高指導者の意向によらなければ変えることができない。
そのハーメネイ師は、7月6日、ペゼシュキアン氏の大統領就任への祝辞で、故ライシ大統領の政策の継続を助言すると述べている。
ペゼシュキアン氏は、イスラム共和国の創設者である故ホメイニ師の霊廟を訪問し、国民に対して感謝の演説を行い、「声なき人びとや疎外された人々の声に耳を傾ける」と約束し、「国民的合意の進展を追求する」と述べた。
しかし、イランのZ世代の若者たちが求める自由を実現することは難しい道のりといえる。
イランの今後のシナリオ
改革派の新たな大統領を誕生させたイランの今後のシナリオとしては、次のようなものが考えられる。
シナリオ1
ペゼシュキアン大統領の下、イスラム体制は現状で維持される。しかし、ハタミ大統領時代の「文明間対話」、ロウハニ大統領時代の核の「包括的共同行動計画」(JCPOA)の合意に見られるような外交成果が上がり、国民の生活が改善される。
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全文を読みたい方は「イーグルフライ」をご覧ください。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2024年7月8日に書かれたものです)
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