PCR検査を巡るドロ沼の様相
厚労省と文科省の縄張り争い
安倍政権のCOVID19(以下新型コロナと略す)対策がうまくいかない背景にPCR検査が一向に増えないことを指摘する声が多い。専門的な視点からの言及は筆者も門外漢ゆえできないが、ジャーナリズムの視点からは明白に厚労省と文科省の縄張り争いがベースにあると言える。
もともと日本の感染症対策は、厚生省と国立感染症研究所(感染研)、国立国際医療研究センターが主軸となって行うことになっている。感染研がウィルスの遺伝情報の解析や予防、検査、診断、治療に関する生物学的製剤の製造などを行い、国際医療研究センターが患者の治療にあたり、その知見を研究にフィードバックする。厚労省はこれら全体を調整するのが役割である。
新型コロナのPCR検査に関しても、感染研が必要な試薬や装置を組み合わせ、自家調整の検査に取り組んでいる。彼らは1月28日から全国約80ヵ所にある傘下の地方衛生研究所にマニュアルを配り、自家調整のPCR検査の体制整備に取りかかっている。
同日、安倍政権も新型コロナ感染症を正式に感染症法の「指定感染症」、検疫法の「検疫感染症」に指定する政令を発動させた。
ところが、2月3日以降の「ダイヤモンド・プリンセス号」感染パニックの中で、この体制はたちまち暗礁に乗り上げてしまった。検査を行う地方衛生所のキャパシティが即座に限界となったのである。
そこで、厚労省と感染研は民間の受託検査会社にPCR検査の実施を打診。しかし、感染研が自家調整(独自のマニュアル・システム)した検査法を強いたため、民間検査側は相当の手間暇がかかり、PCR検査は相変わらず拡大せず。
他方、文科省側は日本の大学病院の多くがPCR検査機を所有し、理化学研究所なども十分な検査能力を備えていることを把握していた。
だが、加藤勝信厚労相は文科省への協力要請を行わず、それどころか一般の大学病院のPCR検査を認めようとしなかった。文科省も厚労省に働きかけようとせず、不作為を続けたのである。緊急事態宣言をきっかけに大学や研究機関の活動が止まってしまったことも大きかったことはある。
結果的にPCR検査拡充はこうして妨げられてきたのである。
保健所の実態は改善せず
こうした状況下で「新型コロナの疑いがあるので保健所に相談したが、保健所が取り合ってくれなかった」とした声が全国で殺到したが、これもPCR検査を厚労省の管轄内で収めようとしたことが原因であろう。
日本の保健所は新型コロナ感染の対応窓口「帰国者・接触者相談センター」を運営し、感染者が病院に殺到して医療崩壊が起きないように調整役を務めている。保健所の相談センターが必要と判断すれば、病院の「帰国者・接触者外来」を紹介し、PCR検査を行う。そして、そこで陽性だったら入院するという流れになっている。
つまり、保健所は病院に入る前に患者をチェックして振り分ける「第一次関門」の重責を担っている。しかし、新型コロナの感染拡大によって保健所は人的にも大変厳しい状況に立たされていると言える。
具体的には、職員たちは相談センターの電話応対後、感染の疑いがあると判断した人の家に出向いてPCR検体を採取し、その検体をボックスに入れて直ちに検査機関に運び、検査結果を本人に知らせ、陽性の場合は治療を受ける病院を選んで患者を送迎するというマニュアルを一手に担う。過重労働の典型である。
加えて、保健所の管理手法が情報ネットワーク化されておらず、夜中の2時、3時まで残業もめずらしくない。それだけ保健所が軽視されてきたともいえる。
日本では1994年に効率を重んじる「地域保健法」が成立したことで保健所の統廃合が進み、848ヵ所あった保健所は、2019年には472ヵ所へとほぼ半減した。保健所が減れば、自動的に個々の保健所の担当領域が広がるため、どうしても住民との距離は開いてしまう。国の補助金もどんどん削られ、保健所の体力は衰える一方である。
そのため、保健所からすれば、これ以上限られた資源(人・設備・予算)の中でどう戦えばいいのかということになる。現在のような厚労省中心の枠組みではPCR検査の拡大は限界が見えているのである。
クスリの裏にも米国の利権
ところで新型コロナを抑えるためには抗ウィルス薬やワクチンも重要である。日本で最初に抗ウィルス薬として特例承認されたのは米国の製薬大手ギリアド・サイエンシズ社が開発した「レムデシビル」だった。
これはギリアド社がエボラ出血熱を対象に開発を進めた静注薬(点滴)で、重症化した患者に効くとされているが、臨床試験では肝機能障害や腎機能障害、下痢などの頻度が高く、重篤な多臓器不全や急性腎障害といった副作用も報告されている。
まだ米国本国ではいかなる疾病の治療にも適用されておらず、ギリアド社も自身のHPで、レムデシビルに関連して行っている試験や臨床試験で良好な結果が得られない可能性があることを明記している。
では、なぜ臨床試験中のレムデシビルが他の治療薬候補を差し置いて、真っ先に特例承認されたのか。それはギリアド社が米国有数の「政治銘柄」であることが関わっていることにある。
ギリアド社は米国の政治家たちに深く食い込んでおり、中でもジョージ・W・ブッシュ政権で国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルド氏は同社の会長である。同社はこの政治力を利用し、高額の薬を売りさばいてきた。
実は日本も同社のお得意先で、小泉政権時代には、抗インフルエンザ薬タミフルを大量購入したが、ギリアド社が特許権を持つ薬であることを知る人は少ない。日本はラムスフェルド氏が国防長官に就任した2001年にタミフルを保険適用にしている。
折りしも米国は「年次改革要望書」を日本に突きつけ、米国の医薬品を日本の薬価制度で縛らず、言い値の薬価を設定することや、他国で承認された医薬品をすぐに承認することなどを求めていた。
2003年末以降、アジア各地で高病原性鳥インフルエンザが発生すると、日本はタミフルの備蓄に走った。04年8月には小泉政権は国と都道府県で計1千万人分を国家備蓄する方針を固め、一定量は流通備蓄薬としてインフルエンザの流行状況に応じて市場に出すことにした。
その結果、日本は世界一、タミフルを使う国となり、05年のFDA(米国食品医薬品局)の小児諮問委員会への報告によれば、日本はタミフルの全世界使用量の75%を占めるまでになった。いわば日本はタミフル浸けにされたことになる。
PCR検査停滞の下手人は首相
今年の秋から冬にかけ新型コロナの第二波(現在は第一波の修正波で、既にピークアウトの段階にあるとの見方が多い)が来ると言われている。となるとPCR検査の拡充が急務となる。
しかし、前述したように厚労省中心の枠組みはキャパシティーを明らかにオーバーしている。保健所や地方衛生研究所のマンパワー、資金の増強とともに文科省を含め、他の省庁の協力を仰ぐしかない。その際には防衛省や自衛隊との協力も検討すべきであろう。
自衛隊中央病院はダイヤモンド・プリンセス号の乗客など、200人を超える新型コロナの患者を受け入れたが、院内感染を起こしていない。彼らは普段から感染症患者の受け入れ訓練などを行っており(生物化学兵器攻撃への対応の側面として)、ゾーニングをはじめ感染防御も徹底している。何より医療資源に余裕がある。
自衛隊中央病院の病床数は500床だが、いざとなれば倍に増やせる。無症状感染者を収容する施設の建設や運用にも人員を確保できうる。絶対的な組織行動であるがゆえ果たせる役割は大きいと思われる。
とはいえ、厚労官僚たちに文科省や防衛省と話をつけろと言っても官邸や内閣官房を安倍首相の一存で動かすことができるだろうか。文科族議員、防衛族議員、それにぶら下がるキャリア官僚・OB権力層などが数多く蠢いている。
「PCR検査を拡充する」と首相は何度も公言しているが、一般の国民が自らの意向で検査をするとなると2万円~3万円の費用がかかるし、1回の検査で「クリアー」ということにもならない。一向に拡充していないのである。
つまり、明らかに安倍首相の政治力が衰えてきたことを意味する。内閣官房も官邸のキャリア官僚たちも、もはや、首相を忖度する余裕は消え去ってしまっている。重なる忖度と、その要領の悪さでニッチもサッチも動く気力を失っている。
ブレーンの人選を誤った首相こそが最大の元凶ということになる。3日間の夏季休暇で元凶の汚名を返上できるのか。