トランプ政権と湾岸協力会議(GCC)
このところ、世界各地で様々なレベルの対立が顕在化している。
1つは、米国をはじめ、世界各国で市民の抗議運動が多発していることであり、ベラルーシ、タイの情勢は政権を揺るがすまでになっている。
2つ目は、国家間の緊張の高まりである。なかでも、中国の南シナ海でのミサイル実射やインドとの軍事衝突、東地中海でのトルコとギリシャ・キプロスとの対立が懸念される。
そして、中東地域では、リビア、シリア、イエメンの内戦が継続している。新型コロナウイルス感染の拡大という地球規模の歴史的な危機の最中であっても、国民国家という単位に分断された人類は、内でも外でも争いを続けている。国民国家は、産業社会の規模の拡大や富の再分配などを通し、国民の経済生活の向上をはかる制度であった。
しかし、産業社会の発展において不可避とされる競争の激化や格差の拡大によって、国民国家はそうした機能を失い、潜在化していた歴史的分断が表面化している。それは、抑圧と抵抗、搾取と公平という言葉に象徴されるような分断である。
以下では、こうした世界的潮流を念頭に、コロナ後のエネルギー需給に影響を与えるGCC諸国の現状を分析する。
ポイントとなるのは、
- GCC諸国は国民国家としての形成が不十分であること、
- 米国のトランプ政権が中東地域の歴史的分断を利用して同地域での影響力を維持しようとしていること、
- その影響を受けて、GCC諸国間の分断が深まりペルシャ湾岸地域の安全保障のリスクが高くなっていることを指摘する。
トランプ政権が顕在化させた第1の分断
ペルシャ湾地域には歴史的に見てさまざまな亀裂が存在する。
文化的性質(シーア派、スンニー派など)、生活スタイル(遊牧民、定着民)、貿易活動(内陸性、海洋性)、部族性など同地域の亀裂の複雑さによって、同地域のアラブ産油国で国民国家意識を育てることは難しいと言われてきた。ましてや、国家を超えて共通の経済・安全保障の統合政策を策定することは非現実的であると考えられていた。
しかし、1979年のイラン革命は、湾岸アラブ産油国に団結した対イラン政策の必要性を認識させ、1981年、GCC諸国が結成された。GCCは、その後、域内貿易の自由化を足掛かりに結束を強め、1985年10月には「半島の盾」軍を創設した。
そして、2003年には対外統一関税の導入、2009年には通貨統合に向けた協議をスタートさせ協力関係の強化を進めてきた。そのGCC諸国のほころびが顕在化しはじめたのは、2011年のチュニジアを発端に起きた「アラブの春」と呼ばれる政変への運動からである。
このとき、カタールが各国のイスラム主義を提唱する勢力に支援を行ったことで、サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)との間で対立が見られはじめる。それが分断にまで至った要因は、トランプ政権の対イラン強硬外交である。
カタールは、イランと天然ガスの領有権問題を抱えているものの、イランとの協調的政策をとることで対立関係にあることを避けている。こうしたカタールのイラン外交に対し、2017年6月、サウジ、バーレーン、UAEは外交関係を断絶する政策を選択した。
この選択のきっかけとなったのは、同年5月にトランプ政権が単独でイラン核合意から離脱した後、サウジとイスラエルを訪問(大統領就任後初の外国訪問)したことである。
こうして顕在化したカタールとサウジ、バーレーン、UAEとの間の溝は、その後、カタールがトルコと友好関係を深めることでさらに深まることになる。その分断は、現在、東地中海の天然ガス開発問題、リビア内戦にも影響を及ぼしている。
第2の分断の兆し
トランプ政権の中東政策によって、GCC諸国に第2の分断が顕れはじめている。
それは、同政権が推し進めてきた中東和平案(世紀の取引)が引き金となっている。中東和平に関し、トランプ政権は次のような親イスラエル姿勢を明確にした政策を実施してきた。
- イスラエルにおける米国大使館をエルサレムに移転
- 占領したゴラン高原についてイスラエルの主権を承認
- 占領地での入植地建設の合法性を承認
このため、パレスチナ自治政府だけでなく、国際社会においても米国の中東和平の仲介者としての信頼性を低下させた。
その中、8月13日にイスラエルとUAEとが国交正常化で合意したことが、トランプ大統領から発表された。8月31日には、イスラエル(テルアビブ)からUAE(アブダビ)に直行便が飛んだ。同機はサウジ領空を公式に飛行した初めての商用機であり、クシュナー米大統領上級顧問など米国とイスラエルの交渉代表団が搭乗していた。
一方、こうしたセレモニーとは対照的に、8月24日からのポンペオ米国務長官のイスラエル、スーダン、バーレーン、UAE、オマーン訪問では、大きな成果が見られなかった。同長官はイスラエルでの記者会見で、「イスラエルと協力すれば、中東の安定だけでなく、自国民の生活も向上する」と述べ、アラブ諸国に、UAEに続いて国交正常化に加わるよう促していた。
このポンペオ長官の訪問より先の8月19日、サウジのファイサル外相がベルリンでのマース外相との記者会見で、サウジはイスラエルとの国交正常化に慎重な姿勢を見せた。
この記者会見でサウド外相は、2002年のアラブ首脳会議(ベイルート開催)において当時皇太子だったアブドラ前国王(故人)が提案し、2007年のアラブ首脳会議(リヤド開催)で内容が再確認された「アラブ和平イニシアチブ」に言及した。
同イニシアチブは、イスラエルに対し、
- 1967年戦争の占領地からの撤退、
- パレスチナ難民の帰還権の承認、
- 東エルサレムを首都とするパレスチナ国家建設などを求めている。
つまり、国際的に表明された和平条件をイスラエルが履行することが、国交正常化への道だったはずだと、サウド外相は主張している。
このサウジの態度表明は、トランプ政権の中東和平案に与することで、アラブ人やイスラム教徒としてのアイデンティティをもつ民衆が反発し、体制批判を強めることを危惧してのことと考えられる。その結果、他のGCC諸国もサウジに倣い、UAEのみが応じるかたちとなった。
今後のGCCの行方
トランプ政権は、イラン政策でカタールと他のGCC加盟国との分断の契機をつくり、中東和平政策でUAEを単独行動に走らせた。
では、米国の中東政策が変われば、GCC諸国は2000年初頭のような政策協調体制にもどれるのだろうか。
ニューヨークに本拠を置く金融サービス企業のS&Pグローバルの報告によると、新型コロナ危機と石油価格の下落により、GCC諸国の中央政府の赤字の合計は約1800億ドルになり、さらに2020年から23年の間に4900億ドルにまで拡大すると予測されている。
こうした現状から、GCC各国とも石油・天然ガス、観光に依存しすぎない産業へと構造転換することが急務となっている。そのためには、国家の発展を目的とする変化を人びとに受け入れてもらえるよう、部族や宗派集団への帰属意識を超えた国家への帰属意識(愛国心)を育てることが必要になる。
GCCの団結よりも自国の利益を選択した2つの国では、まさに国家への帰属意識を育てる政策がとられているといえる。まずUAEは、2014年に兵役義務(18歳から30歳までのすべての男性)を導入し、役務の中でIT関連を含む基礎的職能を修得させ、退役後は起業や民間企業への就職の道が開ける制度をつくった。
この制度には、各首長国間の対立や格差を是正し、UAE人としてのアイデンティティを確立するねらいがある。また、人口規模が小さいカタールでは、外国人労働者に対する自国民労働者の優越性を強調する政策や、他のGCC諸国からの孤立の危機を覚悟で独自の対外政策を選択することにより、愛国心が高まっている。
以上の点からみれば、米国の中東政策が変化したとしても、GCCは、EUのような拡大・深化の歩みではなく、分断化に向かうと考えられる。したがって、今後もGCC各国の統治者は体制維持を目的に、域内ではなく域外の大国とのパートナーシップ強化へと動く蓋然性が高い。
米国とGCC諸国の関係についてみれば、トランプ政権以前には、同地域で米軍の緊急展開能力を高めることでGCCの安全保障を確保する方向にあった。しかし、同政権の政策によって生じたGCC諸国の分断は、イラン、イラクを含めた湾岸地域でロシア、中国が影響力を強める状況を生みつつある。
多様な大国の関与が地域情勢を不安定にすることは、歴史が証明している。
ペルシャ湾の安全保障のリスクは、これまで以上に高まる可能性がある。