菅政権は内側から崩壊の運命?
すべては二階氏が御膳立て
現在、二階派が重視するのは二階氏の幹事長続投。安倍総理の辞意表明は8月28日だったが、9月1日の時点でポスト安倍が菅義偉官房長官となる可能性が極めて濃厚となった。
両院議員総会による選出方式が変更されることはもはや、ない。となれば世論調査や自民党全体としての「ポスト安倍」で常にトップを走ってきた石破氏は、またも頂上に登ることができなくなったと言える。
それにしても、この「菅総理」への最大の策士が二階俊博・自民党幹事長だったことは自民党派閥政治の奇怪性そのものである。
二階派(志師会=47人)を率いる老獪幹事長(81歳)の動きは早かった。9月の党役員人事への布石(幹事長続投)が動機だった。
6月17日、7月1日、そして8月20日と3回も菅氏と個人的な会食(同行者は腹心の林幹雄幹事長代理など、ごく少数)をしている。
7月1日の会食では、二階氏は菅氏に「総裁選に出たら陰ながら応援しますよ」とも水を向けた。
本音を探ろうとする二階氏に、菅氏は「いやいや…」と苦笑いでかわしたという。二階氏と菅氏は伴に地方議員、国会議員秘書を経て政界入りした「たたき上げ」で気脈を通じている。
菅氏は二階氏を「政局観がずば抜けている」と絶賛すれば、二階氏は菅氏を「立派な指導者。しっかりとやっておられる。大いに敬意を表している」(8月7日のTV)と称賛。
菅氏も8月18日のTV番組で「仕事ができるのは党をしっかり幹事長が主導していただいているからだ」と絶賛した。
現在、二階派が重視するのは二階氏の幹事長続投だ。高齢ゆえ交代論は根強いが、派内に主立った次期首相候補がいない以上、今後も派が求心力を維持していくためには「二階幹事長」が必要不可欠なのである。
だからこそ、ポスト安倍候補(岸田氏・石破氏)に秋波を送ってきたし、場合によっては派閥併合戦略で主流派の地位を強めることもあろうかと野党から弾き出された有力議員も次々に受け入れてきた。ゴミ拾いとか、節操がないとか陰口をされても平気のへの字なのは、彼の強かな戦略があるからだ。
その一方で秋波を送った岸田氏が9月の党役員人事で幹事長ポストを狙っていることは確かだったし、石破氏も安倍総理と距離があり、もろ手を挙げての応援はリスクも高い。
菅官房長官への評価はどうか。
改元時の「令和おじさん」ブームで一躍、ポスト安倍候補に浮上したが、河井前法相ら閣僚に推挙した側近たちの選挙違反問題などで影響力が低下。
新型コロナウィルスの初期対応では、「官邸官僚」権力の台頭で首相官邸の要たる「内閣官房」(官房長官中心)の主導力が著しく後退。
だが、「GOTOトラベル」事業の主導あたりから再び台頭。このあたりから二階氏は急速に菅氏に接近することとなった。
菅氏指示は細田派(98人)、麻生派(54人)、二階派(47人)と既に200人相当となり菅グループを加えると不動の状況。菅政権誕生と二階自民党幹事長続投は時間の問題である。
そして、二階派(47人)と菅グループ(約30人)が併合し、新たな一大派閥(70人以上。細田派に次ぐ)が誕生することになろう。
イアン・ブレマー氏のデッサン
問題は「菅政権」が再び1~2年で交代する「顔のないG7国」への回帰となる可能性が高いことである。
どういう国家像が求められているかというグランド・デッサンを描いての政権スタートなら期待を持てるのだが、そうでなければ短命政権で幕を閉じてしまう。市場関係者は、その意味で常に距離感を持って対応していくべきであろう。
ユーラシア・グループのイアン・ブレマー代表(国際政治学者)が、あるべきグランド・デッサンに言及しているので記しておこう
日本は制度自体の権威失墜という他の多くの民主国家が苦しめられている内部的な問題を抱えていないため、多くの点で非常に有利な立場にある。
日本経済はあまり成長していないが、勤勉な日本人は仕方がないと受け入れているようだ。
私たちの環境は世界的規模に向かっており、そこでは経済成長はこれまで以上にリスクに晒されやすい。しかも、経済成長は長年、米国を中心とする資本主義では、やたらと重視されてきた。
たとえ景気の循環があっても、創造的破壊こそが素晴らしいのだと。だがこれは日本のやり方ではない。日本のやり方は地域社会や家族、国家を重視する。
また、日本は世界がこれまでより、ずっと不安定になるなかで、全てを外国に頼らなければならない。
安全保障に関しては米国、エネルギーやさまざまな商品についてはその他の国々に。世界の人口は高齢化してきているが、日本は既に高齢化社会で、この問題への対処法を講じ、既に1人当たりのエネルギー使用量も減っている。
世界は先進的なインフラや技術を創出し、労働に代わって高度な知性で対処していかなければならないが、日本ははるかに先を進んでいる。日本モデルは国内では持続可能だ。
そうした点で、他国からみれば、渋々ながらでも教訓として見習わなければならない多くの問題に日本は既に取り組んでいる。
日本の問題は、地政学的なものがはるかに大きい。それは、中国が極端なナショナリズムを推し進めるか、米国と激しく対立するか、あるいはその両方が起きることだ。その場合、日本は手も足も出ない。
米国にドップリ依存している日本が米国と対立すれば、貿易、観光業、それ以外の分野でも、かなり大きな影響を被るだろう。
誤解しないでほしいのだが、安倍首相がインドの首相と誰よりも最良と言える関係を築いたことは、かなり先見の明があった。
安倍が首相1期目に唱えた(インドなどアジア地域の)民主国家と同盟を結ぶ案は形にならなかったが、今、テクノロジーが向かっている方向を考えると実に先を見据えた案だった。
日本が軍隊をつくって「普通の国」になる必要があるとは思わない。日本は、中国に太刀打ちするほどの予算を(軍事費に)つぎ込むことはない。軍拡競争は無意味だからだ。
日本に必要なのは、ドイツやカナダなど、規範やルールの設定に関心を持つ他国と一緒に世界をリードしていくことだ。
そして(新型コロナの)感染が世界的にますます広がっている状況や、AIが人間に取って代わっている事態、AIの倫理問題、気候変動の諸問題に対応するために必要とされる新たな制度づくりに励むこと。
だが日本は、こうした問題で世界をリードしてこなかった
(ニューズウィーク)
二階氏の行く末は?
菅官房長官が安倍長期政権下で最も重視したのは「内閣官房」すなわち、総理官邸が主導権を握り、キャリア官僚を効率良く動かして与党の介入を可能な限り幹事長の踏み絵を通す形にすることだった。
幸い、党からの独立政治は二階幹事長の絶大な調整力のおかげで成功を収めた。
だが、肝心の「官邸官僚」がモンスターとなってしまい、越権、勝手な忖度、民間への丸投げなど、安倍総理の辞意につながる失態を繰り広げた。
コロナ禍への政策対応を機に何とか「内閣官房」の主導権を奪還したが、「菅政権」下での新官房長官を誰にするのかは短命政権で終わるのか、それとも少なくとも4年間は安定政権を維持するのかの鍵となる。
端的に言及すると、安倍政権の退陣につながった背景に、今井尚哉首相秘書官兼首相補佐官の存在がある。
経産省出身の彼が「官邸官僚」の扇のかなめであり、同省で直属野深だった新原浩郎経済産業政策局長を官邸の政策責任者として重用した(女優・菊池桃子さんの夫)。彼が安倍政権の看板政策の大半をとりまとめたことを知る人は、霞が関以外ではほとんどいない。
「1億総活躍」「働き方改革」「人生100年時代」、そしてコロナ禍での中小零細企業への現金支給政策、GOTOキャンペーンもすべて彼の企画であり、それを政策として総括し、執行を指揮したのが今井補佐官である。
結果は電通への丸投げや下級官僚たちの執行能力の欠如などで、ことごとく失敗。
実は全国一斉休校を号令したのも今井氏である。今井氏の父親は医者だが、伯父は商工省(通商省の前身)出身の元通産省事務次官だった。その叔父は商工官僚時代、岸信介(安倍総理の祖父)の部下だった。
その関係で首相秘書官兼補佐官なる“安倍側近”に抜擢されたのであろうが、党(自公)とのクッション役の二階幹事長が、失態続きの「今井政策」に対し怒りに満ちた党内を制することができなかったことは知っておくべきだろう。
ナゼ制すことができなかったのか。答えは、米国務省高官の一言にある。
「日本の政治中枢には二階党幹事長と今井首相補佐官という筋金入りの親中派がいる。要注意だ」
2017年に安倍総理の新書を習主席に届けるために二階幹事長が訪中した際、今井氏は独断で新書を書き換え“一帯一路構想に対する賛意と習主席の来日要請をつけ加えたとされる。
最近、首相の外交を担当してきた谷内国家安全保障局長(嫌中派)が辞任したのは、こうした行動への強い抵抗からだったという。
今井氏の叔父は新日鉄の社長・会長を務め、経団連会長となった今井敬氏。新日鉄の技術を惜しみなく中国に支え、宝山製鉄所をつくり挙げた稲山氏の弟子筋ゆえ、中国への思いが特に強い経営者だった。この今井敬氏とともに今井補佐官も中国に多くのコネクション・ルートを持つ。
結果論だが、長期安倍総理を支えてきた二階氏が今井補佐官を官邸で温存させ、その失策によって安倍総理を辞任に追い込み、同時に自らの親中の想いを今井氏に利用させ、最後は菅氏を一本釣りしてポスト安倍として支え、再び党幹事長職に留任し、次は一大派閥の頂点に立つというわけだ。
戦国武将そのものだが、米国に首を掻き切られかねない…