国際関係に一大事が起きる予兆(下)
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国際関係に一大事が起きる予兆(上)
https://real-int.jp/articles/2045/
一方、 クレディ・スイス・グループ(以下CS) の会長とCEOはスイス当局からの電話に身構えていた。
CSの筆頭株主であるサウジアラビア最大の銀行=サウジ・ナショナル・バンク(SNB)の会長は15日、首都リヤドで行われた金融会議で受けたテレビインタビューで、CSへの追加投資はしないと断言。
これを受け、CSの株価は急落した。SNBはすでに9.9%の株式を取得しており、銀行の所有に関する規制を挙げ「(追加投資は)絶対にない」と述べた。
市場は、CSの筆頭株主は支援する気がないのだと受け止めた。
同じリヤドの会議に出席していたUBSレーマン会長は急ぎチューリッヒに戻った。CSは中銀とFINMAに対し、市場を落ち着かせる支援メッセージを出すよう求めた。
同15日の夜、CSは中銀から500億ドルを超える資金供給枠を得た。規制当局はCSが同国の資本規制および流動性の要件を満たしていると述べた。CSの顧客は翌16日も預金を引き出し続けた。
当局は同行が1500億ドル余りを追加調達できるよう動いていた、とスイスの財務相は言う。
しかし、スイス政府はこうした動きを公表しなかった。週末まで同行の経営を支えれば、最終的な解決策を見いだせると期待していたところがあった。
スイス当局は過去にUBSを救済した苦い経験から、大手銀の健全性が悪化した場合に対処する計画を立てていた。
税金投入を避けるため、規制当局は必要に応じて迅速に株式や債券の保有者に損失を負担させるものだ。CSについてそのような解決策は見送られた、とスイス中銀総裁は19日に述べた。
メッセージは明確だった。UBSがCSを買収するか、さもなければ同行が破綻し、そのあおりでUBSを含めた他行が共倒れする可能性があるというものだった。
モルガン・スタンレーで長くキャリアを積んだ後、昨年4月にUBS会長に就任したケレハー氏率いる経営陣は、ウェーバー前会長の下で作成されたUBSと、CSが合併した場合の青写真に助けられ、行動を開始した。
UBS、CS双方の会長とCEOは17日、財務相との会合に臨んだ。彼らは19日までに合意するように告げられた。SNBなど中東の大株主らは、CSへの投資が全額失われることを懸念した。
彼らは中銀総裁や閣僚を含むスイス当局者に電話をかけたり、書簡を送ったりして、自分たちの権利保全を訴えた。
18日夕刻、UBSケレハー会長はCSのレーマン会長に電話をかけ、10億ドルでの買収案を提示した。これは昨年11月のSNBによるCSの株式約10%の取得額を下回っていた。
CS側は、この買収に株主の承認が得られるかどうか気をもんでいた。同行の株式の4分の1を中東の投資家3機関が保有していた。この意味は極めて重要である。
彼ら中東勢が買収に反対するのは目に見えていた。
自分たちがCSを介在させて極秘の仕向け送金・被仕向け送金を重ねてきただけに、規制強化が前提の合併買収は絶対に回避しなければならないのである。
世界各地で暗躍するイスラム過激派勢力やスパイ組織、武器商人、麻薬商人、密輸組織などとの取引に大打撃となる。
そこでスイス政府は、株主の議決を得ずに買収を成立させる法律を急遽、可決したのである。政府関係者は可決後直ちに「新法」をCSの幹部に告げた。
19日朝、中東の大株主であるカタール投資庁(QIA)、オラヤン・グループ、SNBに出資するサウジ政府系ファンドのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)は、それでも土壇場でCSの取締役会に提案をした。
「われわれが約50億ドルを注入し、安定したスイスの銀行事業を維持したうえで、他の部門はいずれ売却する」というものだった。
CSのレーマン会長は直ちに財務相に連絡したが、答えは「UBSによる買収が唯一の選択肢だ」とし、電話は切れた。
スイス当局者らは最初からUBSによる買収しか念頭になかったのである。
米資産運用大手で政商とされるブラックロックから非公式に関与の打診もあったが、当局はそれをも退けた。
ただ、CSの取締役会は、安い買収額を頑として受け入れなかった。発表が数時間後に迫っており、スイス当局者はUBSにハッパをかけた。
19日午後遅く、UBSは買収額を引き上げ、30億ドル強を支払うことに合意。この額は17日時点のCS時価総額の半分にも満たない。
重要なのは、スイス規制当局がCSの発行した最もリスクの高い債券(ATI債)170億ドル分を、無価値化したことだ。ATI債は20日、大打撃を受けた。
UBSは中銀から2000億ドル以上の流動性支援と、潜在的損失に対して90億ドルを超える政府保証を得ることになった。
買収成立のため、スイス政府は金融安定性の危機を理由として、反トラスト法(独占禁止法)の適用を免除した。
米国の対ロシア戦略の狙いも
中東の盟主と自認してきた米国が明らかにポリティカルパワーを落としてきたことは周知の事実だが、引き続き中東の地政学的重要性を認識しているし、ドルの基軸体制に中東のオイルが表裏一体となってきた歴史的経緯もある。
特に湾岸産油国の盟主であり、OPECの事実上の主導権を握っているサウジの重要性は今も変わらない。
しかし、そのサウジが昨年12月以降、中国と接近し、3月10日には、その中国の仲介でイランとの国交正常化に至ったのである。
そうした流れの中で起きたのがCSの経営危機問題だったと捉えることができる。
だが、どうも、それだけではなさそうである。米司法省がCSグループやUBSグループが、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)の制裁回避を助けたかを巡り、精査を始めた段階でCSの経営危機問題が浮上したという流れがある。
両行には既に召喚状が送付されている。
司法省の調査は制裁対象顧客と取引した銀行員の特定と、こうした顧客に対する過去数年の審査の検証が焦点。
これらのバンカーやアドバイザーは違法行為がないか追加調査の対象になる可能性もある。
ロシアによるウクライナ侵攻で制裁が拡大する前には、CSはロシア人富豪を顧客としていることで有名だった。
ピーク時には同行はロシア人顧客のために600億ドル(8兆円近い)強を管理し、年間5億~6億ドルの収入を得ていた。
昨年5月にロシアの個人顧客との取引を終了(ウクライナ戦争入りで、スイス政府から取引をやめるよう指示を受けたため)した時点で、CSが管理していたロシアの個人顧客の資金は約330億ドルと、ウェルスマネジメント(富裕層の資産運用)事業の規模が大きいUBSよりも50%多い水準だった。
米司法省は昨年、ロシア・プーチン大統領の政治的盟友である同国富裕層に対する制裁を実施するためタスクフォース(作業班)=クレプトキャプチャーを立ち上げた。
それ以来、米政府は多くのヨットや自家用飛行機、高級不動産を押収している。
2月にはオリガルヒが所有するNYとフロリダの邸宅の差し押さえに動いていた。
ようするに、戦費不足に悩まされているロシアは旧ソ連時代の国営資産・事業の払い下げを受けて巨万の富を築いてきたオリガルヒに資金提供の要請を始めていた事態を知った米国が、彼らの保有資金の処分を未然に防ぎ、プーチンに資金が回らないように押収していた。
ど同時に既に資産売却代金をマネーロンダリングする一角のCSグループにも手を回し始めた、ということである。
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(この記事は 2023年4月1日に書かれたものです)
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