羽田増便・都心低空飛行の真実
世界一着陸難しい空港に
4月3日、東京都心の上空を通過する羽田空港の新しい飛行ルートの運用が始まった。
国交省はこれまで、都心上空を避けて東京湾上空から着陸するルートしか認めていなかった。
新ルートは着陸回数を増やせるメリットがあり、国際線の年間発着回数は約3万9000回増の約9万9000回となる。都心上空を低空で飛ぶため、新ルートの下では騒音被害が起きる。
国交省はその対策として、視界が良い好天時には航空機の高度を引き上げるよう航空会社に指示した。
ところが、これが大問題。
高度を指示通りに引き上げても騒音はほとんど低くならない。
それどころか、高度引き上げにより、着陸の降下角度が従来の3度から3.45度と急になる。
昨年末、日航元機長でB747ジャンボ機飛行時間「世界一」としてボーイング社から表彰された航空評論家の杉江弘氏が品川・大井町でのシンポジウムで講演し、次の様に非難した。
青天のへきれきとは、このことだ。
航空業界では1978年以降、安全性と騒音の視点から降下角の検証を重ねた結果、世界の大空港では3.0度を適当とし、今日ではそれが常識になった。
航空各社もパイロット訓練を3.0度で実施している。
市街地上空を飛び、過去に「世界一着陸が難しい」と呼ばれた香港・旧啓徳空港でさえ3.1度だったにもかかわらず、だ。
「0.45度の違いと思うかもしれないが、コックピットの実態としては、降下時はジェットコースターで谷底に落ちてゆくような感覚だ。
降下角が大きいほど操作が難しくなり、尻もち事故や機体に損傷を与えるハードランディングにつながる恐れがある。
大井町上空で30メートルほど高度を引き上げるというが、何の騒音対策にもならない。
安全を100%担保できない不安をもちながら「とりあえず春からはこれで」という姿勢は航空行政に携わる者として失格、全員辞職ものです。
世界の大都市空港では安全・騒音対策上、主に長距離国際線を郊外の新空港で運用している。
私は市街地に戻した事例をほかに知らない。
これで羽田は世界一着陸が難しい空港になるでしょう
3.45度の意味とは
なぜ、国交省は降下角を3.45度に変更したのか。
国内大手航空会社が国の方針に関して協議した「取扱注意」の内部文書がある。
沖縄・下地島空港での実証実験の結果などを踏まえた報告書で「3.45度の降下角で進入を行う場合、気温や気流の状況、機体重量によっては低高度においてのSink Rate(降下率)が大きくなる可能性がある」とデメリットが記されている。
そのうえで、高降下角アプローチに伴う降下率調整感覚の習得が必要であり、さらに操作が煩雑になると注意を促している。
国交省は、この報告書を機に「追加対策」方針を指示してきた。
(別紙3)羽田空港機能強化に向けた追加対策
国土交通省 ホームページより
<図>の様にJR中野駅や西新宿付近に設定されたFAF(最終降下地点)通過後、降下角を3.77度になるよう約3800フィート(約1160メートルから2000フィート(約610メートル)近くまで急降下させ、途中から3.0度に可変するという手法(図の破線部)。
なぜ、そこまで修正してでも3.45度の降下角に固執しなければならないのか。
この疑問への答えは、この内部文書に明瞭に示されていた。
「Rwy16R(A滑走路)のFAFが横田空域内に位置している事に起因しており、横田空域内のTraffic(交通)と垂直間隔を確保する必要があるため」と記されている。
横田空域とは、在日米軍横田基地(東京都福生市など。横田空域は1都9県に及ぶ)が航空管制を担う空域のこと。
この存在こそが影を落としていたのである。
一方でRwy16L(C滑走路)に向けた進入経路については「横田空域には抵触していないものの、Rwy16R(A滑走路)の経路と横方向で2キロも離れていない事から、経路近傍の地元住民への騒音軽減の公平性の観点から同様に3.45度の公示になっている」と記されている。
横田空域は南北約300キロ、東西約130キロ、高度は約2400メートルから約7000メートルまで6段階の山脈状<図2>に連なる。
羽田や成田空港を発着する民間機が通るには米軍の許可が必要で、定期便のルートは横田空域を避けた設定を余儀なくされる。
日本の空は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が掌握し、GHQ撤退後は日米合意に基づき、米軍が管理した。
当初は「一時的な措置」とされたが、1975年の合意で米軍基地と周辺の管制は米軍が続けることとなった。
政府は横田空域などについて「米軍が管制業務を事実行為として行うことを日米間で認めている区域にすぎない」としているが、2008年の一部返還を最後に大部分は残されたままになっている。
世界中を見ても首都にこんな空域があるのは異常。迂回で無駄な燃料と二酸化炭素を放出し経済的にも問題だ。
すべて返還されれば、成田便も含めて全面的に航路を組み替え効率的な運航ができる。
3.45度の降下角は2008年の一部の横田基地返還時に米軍が設定した「ハイ・トラフィック・エリア」(約600~1200メートル)と呼ばれる横田空域内の特殊エリアの存在がその理由に挙げられたのである。
このエリアは米軍要人輸送や訓練などで混雑する空域で、そこを避けるために高度を上げたということだ。
横田空域の実像とは
米軍は即応態勢を維持するための訓練を依然として続けており、北朝鮮の脅威に加え、拡大する中国の動きに警戒を強める。
日本政府も米軍との「一体化」を進め、空の支配を容認しており、戦後75年の今もなお、首都の空が日本に戻る気配はない。
北朝鮮の度重なる中・短距離ミサイル試射に加え、昨今の中国の挑発行動(南シナ海、東シナ海、インド太平洋)は「戦狼外交」そのものに近い。
在日米軍や第5空軍司令部がある横田基地は有事に極東の補給拠点となる中枢基地だ。
横田空域は横田や厚木基地などを離発着する米軍機や自衛隊機などをコントロールするエリアで、横田基地の米軍管制官が取り仕切る。
なぜ横田空域が生まれたのか。
守屋・元防衛事務次官は
「もともとは朝鮮戦争が原因。横田と厚木から最短で朝鮮半島に行けるよう上空に米軍専用のコリドー(回廊)を作った。朝鮮戦争が再開されれば、米軍は横須賀基地から空母を出し、横田と厚木から飛ぶ航空機が護衛する。中国も台湾や尖閣諸島で有事になれば横田空域を最も嫌がるだろう」
と伝えている。
在日米空軍は横田基地を拠点に訓練を重ねる。
東京都福生市の航空機騒音調整によると、2018年度の離発着回数は1万2313回で、前年比2割増加した。
19年度は20年2月末時点で1万2850回を記録した。18年には米空軍の垂直離着陸輸送機CV22オスプレイが5機配備され、夜間の飛行訓練を実施。C130 輸送機からのパラシュート降下訓練も続く。
横田の役割は時代と共に変転している。
米側は2000年代初頭には、三沢基地や嘉手納基地の空軍舞台も束ねる第5空軍司令部の海外移転を検討していた。
それを引き留めたのは日本側だった。当時、防衛省完了は自衛隊だけで抑止維持は無理と判断。2006年の日米合意では「横田空域全体のあり得べき返還に必要な条件」と明記はしたが、その検討は結局、2010年に完了。
12年には空自の航空総隊司令部が府中基地(東京)から横田基地に移り、司令部地下に日米の官僚らが詰める「共同統合運用調整所」を設置した。
ミサイル防衛システムを瞬時に動かす役割があり、日本にとって横田基地と米軍の重要性は一層高まっている。
軍事問題に詳しいジャーナリスト前田哲男氏は「安全保障関連法により日本も米国本土を狙う大陸間弾道ミサイルを撃ち落とすことが可能になった。
イージス・アショア(陸上配備型迎撃ミサイルシステム)なども含めた統合指揮を行う横田基地は米国本土防衛の第一線としても、空域も含めて不可欠なものとなった」と指摘する。
こうした「横田基地」の役割変化を我々は、ほとんど知らされてこなかったし、気付く機会もなかった。
今年1月24~31日には横田基地などで日米共同の指揮所演習「キーンエッジ」(ようするに日米参謀本部による机上指揮演習)が行われたことを何人の市井人が知っているか。
つまり、日米の安全保障上の都合で羽田空港の離発着機が制約を受けているという構図なのである。
「騒音ぐらいガマンしろ」までは許されても降下角度の変更による「落下物降下」やオーバーラン、ましてや墜落の危険度増幅といった人命に関わる事態の想定は許されまい。
実際、4月3日の「羽田新ルート」(降下角度3.45度)始動以来、都民や航空機利用客らから5月末までに2500件もの問い合わせ、クレーム、進言が国交省当局にあった。
大井町近辺からは「騒音防止の設備要請運動」が立ち上がったとの情報もある。
横田基地=ミサイル標的の危険
ただ、もう少しアジアの安全保障と日米同盟という鳥瞰から見定めたときの羽田空港の位置は横田基地から直線で40キロ強しか離れておらず、仮に横田基地がミサイル攻撃を受けた場合、羽田上空、横田空域は機能停止となり長期にわたり離発着が停止に追い込まれ日本の経済・外交に致命的なダメージを受けかねないことも知っておくべきであろう。
2017年8月24日、中国のH6K爆撃機6機が沖縄本島と宮古島の間を通過した後、太平洋の紀伊半島沖まで初めて飛来した。
翌18年8月に米国防総省は中国の軍事・安全保障に関する「年次報告書」を公表したが、そこには「米国と同盟国の施設に対し、想定外の方向からの攻撃を実施するH6Kの成熟しつつある能力を実証した」と明記された。
報告書は「中国空軍が米空軍との差を急速に縮めつつあり、長期にわたる米国の重要な技術的優位性を侵食しつつある」とも指摘した。
日本政府の防衛白書によると、H6Kに搭載される空対地巡航ミサイルの最大射程は1500キロに及ぶ。
ゆえに、「中国機が紀伊半島沖まで飛来した」とのニュースを漫然と受け流してはならないわけで、紀伊半島沖から巡航ミサイルを撃てば日本本土の基地を破壊できることを察知する必要がある。
横田空域を取り仕切る横田基地は中国の「ターゲット」にもなりかねず、中国は実際、在日米軍基地攻撃を想定した訓練も行っている。
米海軍の参謀中佐らが発表した2017年6月の報告書には驚愕の様相が示されている。
米商業衛星が13年に中国西部のゴビ砂漠で、港に停泊中の3隻の艦船を模した標的を確認。
ミサイルの着弾跡もあり、港の形を反転させると横須賀基地に酷似していた。
そのため、同基地に停泊する米海軍第7艦隊への攻撃を想定したとの見方を強めている。
この報告書は、米国が台湾問題や東シナ海・南シナ海で中国の「戦略的な利益」を脅かした場合、「米軍の軍事力を支える前方基地への中国軍の先制ミサイル攻撃は現実的な可能性がある」と指摘。
想定される対象として横田、三沢、岩国、横須賀、佐世保、嘉手納の各基地を挙げた。
シミュレーションでは、攻撃の最初の数分間でほぼすべての主要な司令部や補給施設が被弾。数時間で200機以上の航空隊が破壊され、船や滑走路が被害を受けるとした。
緒戦の段階で基地がやられるのは当たり前。台湾有事の際は、中国の弾道ミサイル、巡航ミサイルは米軍の介入を遅らせるために在日米軍基地を無力化する。これは近代戦争のイロハであり且つ、今でも有効とされている。
それを承知の上で首都機能を失いかねない羽田空港から40キロ余りしか離れていない横田基地に日米参謀本部を設置し、「横田空域」も温存させているのは、世界でも日本しかない。
「羽田新ルート始動」のニュースの裏側に、物凄い実態が横たわっていることを知っておくべきであろう。