ウクライナ戦争が高める中東の紛争リスク
3月2日に国際エネルギー機関(IEA)が公表したところによると、2022年の二酸化炭素(CO2)の排出量が前年比0.9%増の368億トンになり、過去最高を記録した。
この事態について、IEAのビロル事務局長は、化石燃料からのCO2排出が依然として増えており、世界の気候目標達成の取り組みを妨げていると述べた。
2022年にも地球温暖化が要因の1つと考えられる異常気象による自然災害が世界各地でみられた。
ヨーロッパ
過去500年で最悪の干ばつにみまわれる。
パキスタン
国土の3分の1が水没する大洪水が発生。
2023年に入っても、フランスでは、32日間も雨が降っておらず(1959年以来の記録)、節水が呼びかけられている。
IEAは、2022年のCO2排出量増加の主な要因のひとつとして、ウクライナ戦争による天然ガス価格の高騰で、多くの国が石炭を利用したこと(石炭のCO2排出量は1.6%増)を挙げている。
果たして、2023年はこの要因を抑制することが可能だろうか。
ウクライナ戦争が終わりを迎える最短のシナリオとしては、ウクライナ側が春の大攻勢で優勢になり和平交渉に持ち込むことが考えられるが、年内は戦闘状況が続くとの分析が多い。
したがって、2023年もCO2の排出量の抑制は望めず、自然災害のリスクは高いと考えられる。自然災害が起きれば、支援活動や復興事業に、人的資源や資金が必要になる。
今年はすでにトルコ・シリア大地震が起きており、国際社会が限りある資源を今後、どの程度投入できるかという問題もある。
ウクライナ戦争がCO2排出量の増加の要因になっているように、紛争はリスク連鎖をもたらす可能性がある。
現在、そのウクライナ戦争にも関連し、イスラエルとイランとの間での緊張が紛争へと発展するリスクの高まりがみられている。
ロシアとの軍事協力によって高まるイランの脅威
ウクライナ戦争では、イラン製無人機を使用してのロシアのウクライナ攻撃をはじめ、イラン・ロシア間の軍事協力が国際社会の注目を集めている。
ロシアからイランへの武器供与については、2022年12月20日にイギリスのウォレス国防相が、同国議会で、「ロシアはイランから数百基の無人機を調達する見返りに、イランに高度な軍事装備を提供する計画だ」と述べ、注目された。
また、イランの無人機(シャヘド136)の性能についても、2023年2月5日付ウォールストリート・ジャーナル紙が、速度が遅く騒音が激しいため小銃射撃で撃墜されていることから、イランとロシアは、ロシアに工場を建設し改造型無人機を共同生産することで合意したと報じている。
さらに、2月24日には、米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、オンラインの記者会見で、両国間の軍事協力について、次のような点を指摘している。
- イランは2022年8月以降、ロシアに数百基の無人機を提供した。
- イランは11月に戦車用の砲弾を供与した。
- イランは以上に加え、ロシアにミサイル、電子機器なども提供する見返りに、
攻撃型ヘリコプター、レーダー、戦闘機の訓練機の購入(数十億相当)を希望している。
そのうえで、カービー戦略広報調整官は、ロシアとイランの軍事協力の進展は、ウクライナにとってだけでなく、(中東)域内にとっても憂慮すべきことだと述べた。
その2日後の26日にも、バーンズCIA長官が米国のCBSテレビの取材で、イラン・ロシアの軍事協力について、「非常に危険な方向に、かなり速い速度で進展している」と発言した。
いくつかのメディアは、イランが3月に、ロシアからスホイ35戦闘機を24機、S-400地対空ミサイルシステムを入手するとも報じている。
一方、こうした指摘や非難に対しイラン側は、次のような反応をみせている。
2022年12月25日に、外務省のカナニ報道官が、ロシアへの武器輸出という根拠のない非難に対し忍耐にも限度があると警告した。
2023年1月19日には、ライシ大統領がプーチン大統領と電話会談を行い、2国間関係やウクライナ戦争などについて協議を行っている。
また、2月7日には、戦闘機、無人機、空中発射巡航ミサイルが並ぶ地下空軍基地「オーガブ44」を初公開し、軍事力の高さを国内外に誇示している。
イランは、経済制裁下にあっても、国内の専門家が、空中発射巡航ミサイル「アーセフ」(地中貫通爆弾)や人工衛星を打ち上げられるミサイルなどの開発を行ってきた。
ロシアから戦闘機を入手すれば、その軍事能力はさらに高まることになる。これに加え、イランの核開発に関する憂慮すべき状況が表面化している。
イランの核開発の進展
2月28日、米国議会下院軍事委員会で、コリン・カール国防次官は、2018年に米国がイラン核合意から離脱して以降のイランの核開発の進展は著しいとして、核爆弾1発に必要な核分裂物質を約12日間で生産できるとの見解を示した(2018年時点では推定1年とされていた)。
米国の高官として、初めて具体的日数に言及したこの発言は、国際原子力機関(IAEA)の理事会報告書をもとにしているとみられる。
その報告書には、IAEAが2023年1月にイラン中部のフォルドゥ地下ウラン濃縮施設で採取した環境サンプルから、濃縮度83.7%のウラン粒子が検出されたことや(核兵器製造に必要な濃縮度は90%)、濃縮度60%のウラン貯蔵量が前回の報告より25.2㎏増加し87.5㎏になっていることが示されている。
さらに、同報告書では、イランがウラン濃縮度最大60%としているカスケードを、濃縮度を迅速に高めることができるように、再構成したことを申告していないとも指摘している。
この報告書の内容は、2月19日にウォールストリート・ジャーナル紙、ブルームバーグなどの米国メディアが報じている。
これに対し、イラン政府は2月20日、83.7%の高濃縮度ウランの検出については、技術的なミスであり故意ではなく、60%以上のウラン濃縮の計画はないと主張した。
しかし、このIAEAの報告によって、イスラエル、サウジアラビア、UAEなどイランと対立する近隣の国は、イランに対する不信感を一層高めることになった。
米国とその同盟国であるイスラエルは、以上のようなイランをめぐる状況変化にどのように対応するのだろうか。
対イランでのイスラエルと米国の協調
権威主義国家のイランがロシアとの軍事協力を深める中、米国は中東地域の民主主義国家のひとつであるイスラエルとの外交を活発化させた。
1月19日にはサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、同21日にはバーンズ中央情報局(CIA)長官、31日はブリンケン国務長官がイスラエルを訪問し、2022年12月末に成立した第6次ネタニヤフ政権の要人たちと会談を行っている。
また、1月23日から27日にかけては、米軍とイスラエル軍が、対イランを想定したと思われる防空システム、空中給油等を含めた共同軍事演習を実施した。
これらに関する報道では、イラン・ロシア間の軍事協力の進展がもたらすイランの軍備強化や、イラン製無人機への対応などについて、米国とイスラエルが政策協調をはかったと伝えられている。
イランの核開発に関しては、バイデン政権がイラン核合意復帰を模索する一方、イスラエルのネタニヤフ首相はこの動きに強く反対してきた。
今回のIAEAの報告書は、ネタニヤフ政権の対イラン政策をバイデン政権に呑ませるきっかけになる可能性もある。
これまでのネタニヤフ政権時にも、イラン国内で、ナタンズの核関連施設へのサイバー攻撃、核科学者の暗殺などさまざまな工作活動が行われてきたとみられている。
イランは、2023年1月28日のイスファハンの軍需工場への無人機攻撃もイスラエルの仕業だと主張している。
イラン脅威論を喧伝してきたネタニヤフ首相は、政権が抱える内政問題から目を逸らすためにも、今回の高濃縮ウラン検出を機にイランに対する軍事行動の必要性を国内外に強く訴えはじめると考えられる。
その内政問題とは、イスラエルの民主主義や人権のあり方が問われかねないものである。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方はイーグルフライをご覧ください。
(この記事は 2023年3月5日に書かれたものです)