日本の半導体リベンジ戦略と米中関係
日米半導体協力原則(5月)
世界最大手の半導体受託製造企業TSMC(台湾積体電路製造)が、日本の熊本県菊陽町に新工場を建設中だ。東京ドーム4.5個分の敷地に23年9月、完成する予定で突貫工事の真っ最中にある。
TSMCが生産するロジック(演算用)半導体は、スマートフォンやパソコン、データセンター、自動車と多くの製品・機器において欠かせない重要部品。
台湾に対する中国の政治的な圧力が高まる中、TSMCの台湾拠点に調達を依存する状態はリスクを伴う。
熊本の新工場建設が24時間3交代制で夜通し進められているのも、そのリスクを見込んでのことだ。新工場の完成は通常ならば着工から5年を要するといわれているが、それを2年で済ませる。
日本としては米国政府の動きからも目が離せない。半導体分野における自国産業の強化と中国への圧力を米国が強めているからだ。
8月に成立した「CHIPS・科学法」で、米国での半導体製造の助成金として390億ドル(5.5兆円)を充てることにした。
一方で、この法律によって補助金を受けた企業の中国に対する投資制限や、先端半導体が製造可能な装置の輸出規制を厳しくした。
米国政府が市場に介入することは滅多にないが、コトが自国の安全保障に、つながる懸念があると判断したときの対応はスピーディで毅然としている。
実際、「CHIPS・科学法」は、論争が起きそうな内容だったにもかかわらず、超党派で成立するに至った。
こうした世界情勢を受けて、日本政府の姿勢も変わりつつある。21年10月に決まったTSMC工場の熊本誘致は、日本が半導体産業の復活を目指して放った第一手となった。
まずは国内での半導体生産能力を挽回するのが目的だ。甘利氏率いる自民党・半導体議連も背中を押す。
今年5月に、半導体の製造基盤強化のために「10年で官民合わせて10兆円規模の投資」を求めた。これに応えるかのように、岸田首相は10月の黒海での所信表明演説で「官民の投資を集めていく」と述べた。
支援の仕方も変わってきた。広く薄く公平にというスタイルから、TSMC新工場のように特定の企業に巨額の支援を行うようになった。
キオクシア(半導体メモリー大手。旧東芝メモリ)の四日市工場(三重県)、マイクロンメモリジャパンの広島工場(東広島市)の増強に計1394億円の助成金を出す。国内にある既存工場の改修も助成金で支援する。
生産能力の挽回を図りつつ狙うのが、日米連携の強化による次世代半導体技術の習得だ。さらには桁違いの計算性能を持つ量子コンピューター提供など、新技術の実現も目指す。次世代半導体技術の一例が「ビヨンド2ナノ」の製品だ。
医薬品開発にかかる計算時間を劇的に短縮できるなど、社会変革のカギとなりうる量子コンピューターの実用化の際に、必須のキーパーツともいわれる。
半導体では電子回路を細かく造るほど性能が上がる。
・TSMC / 韓国サムスン電子
現在5ナノメートル(1ナノは10億分の1メートルで人の髪の毛の10万分の1の太さ)
・米インテル
7ナノ相当品
・日本勢(ルネサンスエレクトロニクス)
40ナノ品
TSMCの熊本新工場で造る予定の製品も12~28なのにとどまるが、国内にはなかった製造技術を補える。次に進むためのステップにしたい考えだ。
「双方に認め合い、補完し合う形で行う」。今年5月に日米で結んだ半導体協力基本原則にはこのような文言が盛り込まれた。
米国はGAFAなど自国が強いIT産業向けに汎用的な先端半導体を造り、自動車産業などに強みを持つ日本はカスタム需要が高いIoT向け半導体を供給する。
ライバル関係にはならず、日米で役割が分担可能だと政府はソロバンをはじく。日本側が思い描く米国との連携は可能なのか。
CHIPS・科学法では国内に工場を誘致することと、次世代半導体の開発を日米共同で進展させるのは同じ路線であって、米国は対中国を意識した供給網を同盟国でつくりたがっていると捉えるべきであろう。
ただ、IT産業で主導権を握る米国の政策は、イノベーションの最前線を歩み続けるためのもの。
一方の日本は、自動車産業のサプライチェーンを維持するための「守りの手口」にすぎないとの見方も根強い。
ビオンド2ナノの技術獲得も標榜はしているが、本当に早期に実現できるのかは定かでない。TSMCの熊本誘致も、個人の結びつきが縁になっただけで日本政府が動いた形跡はない。
現在、理化学研究所の理事長である五神真氏が東大総長だった18年12月、台湾教育部の招待で訪台したとき、自らが台湾企業との技術開発に関与したことによるTSMCとのつながりを生かして、東大とTSMCで半導体技術を共同研究するアライアンスの締結に至った。
その後、TSMCが日本と半導体の製造工程を一緒に研究開発することに合意し、一気に熊本の新工場建設へと駒を進めた経緯がある。
自民党に「半導体戦略推進議員連盟」(甘利明会長)があり、11月12日には、その議員連盟の根回しにより、次世代半導体の国産化を目指す新会社「ラピダス」(トヨタ、NTTなど8社が設立)が始動し、政府も7百億円の補助金を出すと決定したのである。
ただ、旧エルピーダメモリ(日立、東芝、三菱電気の半導体事業)は、2012年に会社更生法申請に追い込まれているがゆえ、その本気度が厳しく問われそうだ。
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(この記事は 2022年11月20日に書かれたものです)
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