イールドカーブが右肩上がりな理由
【前回までの記事】
https://real-int.jp/articles/1604/
https://real-int.jp/articles/1637/
1.一般的なイールドカーブが右肩上がりなのはなぜ?
横軸に国債の償還までの残存期間(年)、縦軸に最終利回り(%)を取った座標に、各国債の残存年数と最終利回り(イールド)に対応する点を書いてそれら無数の点をつないだ曲線のことを国債の利回り曲線、すなわちイールドカーブと呼びことを前回説明しました。
そして多くの場合このイールドカーブは右肩上がりの曲線になります。国債の利回りに限らず、市場では短期金利よりも長期金利の方が高くなる「傾向」があるようです。
ではなぜ、そのような状態が一般的なのでしょうか。
その理由に直接触れる前に、まずはここで、イールドカーブが形成される際にその形を説明する考え方として、一般的に使われている3つの仮説を紹介させていただきます。
次の3つの仮説です。
- 純粋期待仮説
- 流動性プレミアム仮説
- 市場分断仮説
それでは、それぞれについて以下に簡単に説明させていただきます。
2.純粋期待仮説
長期金利は将来の短期金利、すなわちフォワードレートの期待値で決定されるという考え方
長期金利は将来の短期金利を予測したものという考え方で、短期金利で運用しても長期金利で運用しても結果的に同じになるように長期金利が決められるというものです。
長期金利というと通常は10年金利を指しますが、例えば仮に5年の金利を例にしますと、「現在の5年の金利」は、「現在の1年金利、1年後の1年金利の予想値、2年後の1年金利の予想値、3年後の1年金利の予想値、4年後の1年金利の予想値の平均値」に等しくなるということです。
3.流動性プレミアム仮説
長期になるほど不確実性が増して手もとの資金が少ない事による流動性リスクが高くなるため、そのリスク見合いで要求する利回りが高くなると言う考え方
流動性とは、資産を市場などで売買するときの容易さ、換金のしやすさを意味します。
債券の場合には、原則として満期まで保有することによって償還されて収益を得られることになるため、満期まで資金が拘束されます。
途中で売却することも可能ですが、買い手が見つかって現金化するまで時間がかかったり、売却を急いだ場合不利な条件で取引せざるを得なかったりするリスクがあります。
これを流動性リスクと呼びます。
流動性プレミアムとは、流動性リスクがあることに対して発生するプレミアム、投資家が要求する上乗せ利回りとなります。
ただし、流動性プレミアム仮説におけるリスクプレミアムについては、流動性に対するプレミアムのほかに、保有期間中の金利変動によって発生する債券の価格変動リスク分のプレミアムも含まれていると考えます。
4.市場分断仮説
投資家は様々な理由により特定の満期を持つ債券を好んで選ぶ傾向があり、その結果各期間の金利はそれぞれ独立に決定されているという考え方
このような分断は、短・中期の債券に投資する投資家(地銀など)と長期の債券に投資する投資家(生命保険会社や信託銀行等)が分かれており、決められた期間の債券にしか投資しない投資家もいるということが要因の1つとして挙げられます。
この仮説のもとでは短中期の市場と長期の市場は分断されており、異なる期間の債券間での裁定が行われません。
この仮説を前提とすると順イールドは短期の債券に投資をしたい投資家が多く、長期の債券に投資したい投資家が少ない状態と考えられます。
取引が活発で市場の流動性が十分にあるマーケットにおいては市場分断仮説は当てはまらない部分も多いと思われますが、それほど流動性が高くないマーケットにおいては一定の妥当性があると考えられています。
5.実はあまり解明されていないイールドカーブ右上がりの理由
ここまで読んで、勘の良い方はお気付きかと思いますが、なぜ、それぞれの説明には「〇〇仮説」と言って「仮説」という言葉がついているのでしょう。
要するに、そもそもイールドカーブの論理的な形成要因についてはまだよく解明されていないのです。
科学が進化して自動運転技術をはじめとする人工知能の開発が進んでいる現代であっても、景気にこれほど大きな影響を与える金利に関するこの部分の解明はそれほど進んでいないとは驚きですよね。
実は、その道の専門家が集結しているはずの主要国の中央銀行であっても政策金利の決定に苦労している理由の一部はここにあるのです。
6.ほんとのところはどうなのか?
以上の3つの仮説の中で、イールドカーブが右肩上がりとなることに関する最も適した説明があったことにお気付きだと思います。
そうです、「流動性プレミアム仮説」です。
過去のほとんどの期間において、ほとんどの国のイールドカーブが順イールドと呼ばれる右肩上がりのカーブを描いていた主な理由はこの考え方だと言われています。
手元資金の枯渇リスクは全ての人間や企業にとっての死活問題となります。そのことが根底にあるので、多くの人や企業はその持てる資金の大部分について長期で運用することを躊躇します。
一方で同じ理由から、少し多めのコストを支払っても長期の安定的な資金を確保しておきたいと思う個人や企業がいたりもします。
そういった需給関係があることによって、短期金利よりも長期金利の方が高くなる現象が発生することは理解して戴けるものと思いますがいかがでしょう。
仮に流動性リスクプレミアム仮説に基づいて形成されたイールドカーブがあったとすると、そのイールドカーブの中に含まれている将来の短期金利は、市場関係者が予想して本来あるべき将来の短期金利よりも高めの想定になっているはずです。
7.つまりどういうことか
現実のイールドカーブ形成の主たる考え方が「流動性プレミアム仮説」であった場合、「純粋期待仮説」のみで作られたイールドカーブよりもだいぶ右肩上がりになるはずです。実際、そうなっていることが非常に多いと筆者は思います。
その場合、将来の短期金利、すなわち時間の経過とともに現実となる短期金利は、最初に眺めたイールドカーブの形が表現しているほどには高くならないことが多いのです。
みなさんがよくご存知のこととしては、日本においてこの約30年の間、イールドカーブに含まれているフォワードレートほど短期金利が上昇したことはほとんどなかったはずです。
この知識を市場関係者ではない一般の人たちが活用できるところがあるとすれば、それは住宅ローンなどで長期にお金を借りる場合でしょうか。
ちなみに筆者は、仕事でもプライベートでもお金を借るときはいつも変動金利です。