報道がどのようなバイアスがあるのか
彼はすでに成功したトレーダーで、さらなる利益を求めてウォール街にきた。この街に来れば、有益な情報をいち早く入手できると思ったのだ。しかし、たちまち彼は極度のスランプに陥ってしまう。それは情報が入手できなかったわけでも情報の質が悪かったわけでもない。情報によってバイアスがかかってしまい、彼の考案したシンプルで理にかなった手法を実践できなくなってしまったからだ。そのことに気づいた彼はウォール街を離れ、新聞に書かれた株価以外の一切の情報を遮断する。そして、巨万の富を築いた。
この記事では、報道が個人投資家にどのようなバイアスを与えてしまうのか解説していく。
報道が個人投資家・トレーダーに与えるバイアス
報道を知り情報を分析することが悪いわけではない。個人投資家・トレーダーとして成長していくうえで、大いに役に立つだろう。しかし、情報過多になってトレードが上手くいかない、あるいは過度にリスクを取った投資をしてしまったという人もまた多い。どのようなバイアスがかかってしまうのだろうか。
テクニカル分析に影響を与えてしまう
「日経新聞やテレビ・ラジオの情報は、少なくとも取引中はシャットアウトしたほうがいい」という意見を持つベテラントレーダーは多い。その多くはテクニカル分析というチャートの情報のみを信じて日々トレードする人たちだ。
テクニカル分析は「全ての情報はチャート(価格)に織り込まれている」という考え方が前提になっているので、報道による情報を必要としないのもうなずける。先に紹介したニコライ・ダーバスも当時としてはめずらしい生粋のテクニカル分析のトレーダーだった。
企業の財務状況や各国の金利政策などを分析するファンダメンタルズ分析と、テクニカル分析を両立させることはとても難しい。特に短期のトレードになるほど、ファンダメンタルズ分析のために報道から情報を入手することは意味がなくなる。
たとえば、5分足のチャートを見ながら、レンジブレイクアウトでエントリーしようとしていたとしよう。この段になって「経済的要因の裏付けがあるだろうか」などと考えてしまっては、テレビカメラが気になるスポーツ選手のように、能力をほとんど発揮できなくなってしまうだろう。
ばかばかしいと思うかもしれない。だが、デイトレーダーの多くは朝のニュースなどから簡単にバイアスを得てしまう。「今日のマーケットは冴えない展開になりそうです」などと耳にしていただけで、絶好のブレイクアウトポイントでクリックできなくなるのだ。
古い情報を入手してしまう
端的にいって個人投資家は、投資の世界において永遠の情報弱者だ。機関投資家やマーケットメーカーなどと呼ばれる大口の投資家は、豊富な資金で情報を集めている。メディアにそうした情報が流れるのは、だいぶ経ってからである。
古い情報で相場観が鈍ってしまうのはよくないことだ。場合によっては、すでにポジションを持っている人が意図的に情報を流すこともある。仕手株(特定の投資家集団によって株価が操作される銘柄)はその代表格といえ、個人投資家が十分に集まったときを見計らって利益確定の注文を出す。
大衆心理に飲み込まれる
報道は大衆に迎合する性質もある。バブルで浮き立っている状況では「こんなことはおかしい」と冷や水を浴びせるのではなく、「強気で買い続けよう」などとあおってくる。また、リーマン・ショックのときのように、ニュースキャスターが悲壮な顔で「マーケットが崩壊しました」などと言い、さらに暴落を助長する。
こうした報道に日々触れていると、それが100%正しいことのように思えてしまうことが問題だ。大抵の場合、報道が過熱したときがマーケットの天井あるいは底である。報道によって大衆と同化してしまうリスクにも目を向けよう。
大衆心理から逃れた例を1つ紹介する。ケネディの父親は投資家として一流だったが、1929年の世界恐慌前にポジションを手時舞ったことでも有名だ。その理由は、靴磨きの少年から絶対上がる株の銘柄を教えてやるといわれ、「こんな人まで株の話をするのは絶対おかしい」と目が覚めからだという。このとき、もし報道で作られた大衆心理から逃れていなかったら、息子は大統領になれなかったかもしれない。
分かった気になる
報道によって分かった気になってしまうのもバイアスの一種である。ただ、こうなってしまうのは、報道が悪いせいでもある。アナリストや経済評論家などは、何らかの理由を付けて、毎日マーケットの動きを説明しなければならない。さっぱりわからないとは言えないので、こじつけやはったりの内容も少なくないのだ。だが、経験の少ない個人投資家は、それを聞いて分かった気になってしまう。
この状態が悪化すると、やがて情報依存状態なってしまうので、気を付ける必要がある。たとえば、アナリストたちの情報を常に収集したり、著名なトレーダーのブログやTwitterを頻繁にチェックしたりするようになるなどだ。最終的には、シグナル配信業者や投資顧問に任せきりになってしまう。
個人投資家・トレーダーが知っておきたい認知バイアス
心理療法では心の問題に名前を付けることを「外在化」と言う。名前を付けておけば客観的に状況を認識しやすくなり、いろいろな場面で応用が効く。ここでは、報道による思い込みや偏りに対処するために知っておきたい認知バイアスを紹介する。
国内資産ばかりになっていませんか!?「ホームバイアス」
ホームバイアスとは、海外資産に比べて国内資産の割合を必要以上に多くしてしまう傾向を言う。日々報道に触れやすい国内情報によってバイアスがかかり、知らず識らずのうちに内向き志向になってしまうことだ。たとえば、日本ではトヨタなどのグローバル企業が円安によって好調などと報道されやすい。それによって日本経済が潤っているなどと過度に期待する傾向があるようだ。
内閣府の海外資産需要率についての調査をみると、他国に対して日本のホームバイアスは高い水準になっていることがわかる。たとえば株式でみると、日本はアメリカに比べて3倍程度のホームバイアスがかかっているのだ。
参考:内閣府 ホームバイアスの推移
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je13/h06_cz0304.html
もし投資資産があるならば、今一度ホームバイアスの観点から見直してみてはどうだろうか。客観的にみれば、日本国内の金融商品や不動産などに投資が集中するのはリスクが高い。たとえば、トルコリラなどの新興国の通貨は危険だと敬遠する人がいるが、トヨタや日本国債などに資産を集中してもリスクを軽減できているとは限らないのだ。海外資産を持つことで国内経済のリスクを避けられる面がある。
人気の金融商品が欲しくなりませんか?「ハーディング効果(現象)」
ハーディング効果とは、大多数の人と同じ行動を取りたくなる心理のことである。合理的・客観的な判断よりも、集団から離れたくないという人間心理が優先されるバイアスだ。株式投資の雑誌で取り上げられるような人気銘柄に飛びつきたくなったり、ITバブルに浮かれたりするのもハーディング効果が関係している。リーマン・ショックを引き起こしたのもハーディング効果によるところが大きいと言われているのだ。
ハーディング効果に陥りそうになったときは、大多数の個人投資家は下落トレンドで買い越し、上昇トレンドで売り越して損失を出しているという不変の法則を思い出してはどうだろうか。また、収支が継続的にプラスの個人投資家は1割にも満たないことも併せて考えるのもよい。つまり、大多数の意見は大抵間違っているのだ。
絶対に上がる・下がると思ったことはありませんか?「確証バイアス」
確証バイアスとは、仮説や信念の証明に都合がいい情報だけ集めて、それ以外の情報を無視してしまうバイアスだ。たとえば、米ドルが下がると思っていれば、報道のなかからその確信を強められる情報ばかり注目してしまう。特に、ポジションを持ってしまったら、簡単に確証バイアスに陥ってしまうことが多い。利益確定や損切りをするべきところでできなくなってしまう可能性があるので注意が必要だ。
この記事では、報道が個人投資家・トレーダーに与える影響を見てきた。その多くは、誰でも陥りやすいバイアスだといえるだろう。相田みつおではないが「人間だもの」という姿勢で自分のバイアスを認めケアしていく必要がある。情報依存、分析過多状態になってしまっているならば、一定期間、情報源を断ってしまうのも方法のひとつだ。