ウクライナ問題と中東
ロシアのウクライナ侵攻が進む中、原油価格は上昇し、3月2日のニューヨークマーカンタイルのWTIが1バレル110ドル台をつけた。また、先物市場では、パラジウム、アルミ、小麦などの価格が高騰している。
ウクライナ情勢は緊迫の度合いを高めており、2月27日には、プーチン大統領を支援するベラルーシで憲法改正の国民投票が実施され、65.2%の賛成により承認された。
今回の改正では、現行憲法にある、核を持たない、中立を保つという条項が削除された。西側諸国は、ルカシェンコ大統領による市民の抗議デモへの強権的な弾圧状況が継続する中で行われた国民投票には正当性がないとしている。
しかし、この改正で、プーチン大統領は、ベラルーシに中距離核ミサイルを配備することが可能となった。それは、次のようなロシアの国際戦略を遂行するための有効なカードになる。
これまでロシアは、2021年6月のプーチン・バイデン首脳会談を含め、西側に3つの要求を提示してきた。
第1に、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を停止すること、
第2に、NATOの軍備を1997年当時の水準に制限すること、
第3に、NATO域内に対ロシアの中・短距離ミサイル配備を禁止することである。
また、米国、ウクライナ、ポーランドからの強い反対にあいながらも、進めてきロシアからドイツまでの天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」(NS2)を早期に稼働させるという経済戦略にも資するカードである。
さらに、このカードは、クリミア半島を含むオデッサからマリウポリにかけてのウクライナ南部の黒海およびアゾフ海の沿岸地域でのロシアの主権承認など、覇権戦略にとっても重要なものといえる。
このように、プーチン大統領の「ウクライナ戦略」は、大きなパッケージになっている。「新冷戦」の幕開けともいえる意思決定は、単にプーチン大統領の怒りによるものとはいえないだろう。
では、中東諸国は、このロシアのウクライナ侵攻にどのような反応を示しているだろうか。プーチン大統領のウクライナ戦略に対し、明確に支持を示したのはシリアである。
一方、トルコはNATOの一員として、ウクライナ侵攻を批判した。しかし、湾岸協力会議(GCC)諸国は、石油、天然ガス価格の上昇を視野に入れ、明確な姿勢を示していない。
以下では、ウクライナ問題をめぐる中東地域の対応について、エネルギー問題に焦点を当てて検討する。
ロシアにとっての天然ガス
NS2をめぐるロシア・欧米関係
まず、上記のような戦略目標のうち、NS2の早期稼働に関する動向を整理しておく。
ロシアはエネルギー資源国であり、
原油確認埋蔵量は1072億バレル(2019年、世界シェア36.2%)、
天然ガス確認埋蔵量は43.3兆立方メートル(2008年、世界シェア23.4%)とされる。
また、外貨収入の60%以上が石油・天然ガスによるものといわれている。
このロシアの天然ガスの西側への輸出は、ウクライナを経由し、オーストリアのバウムガルテンまでパイプラインが延びた1968年に遡る。
それ以降、ロシアにとって天然ガスは、石油に次いで、ハードカレンシーとなった。この天然ガスパイプラインは、その後、ヨーロッパの西側諸国とソ連(当時)の結びつきを深めさせ、東西対立の緊張緩和という効果も生んだ。
東西両陣営は、天然ガスを、主に商品であり通貨交換の源とみなしていたが、1980年代、米国のレーガン政権下でネオコンが登場すると、その認識が変化する。
ネオコンは、ソ連のエネルギーに西ヨーロッパが依存することで、米国・西ヨーロッパ関係が弱体化する可能性があると考え、ソ連が天然ガスパイプラインを政治利用することを懸念した。
米国は、ソ連が崩壊し、ロシアになってもこの懸念を持ち続けており、NS2に関してもEU諸国に警告を発してきた。
その中の2021年9月10日、ロシアの国営エネルギー大手ガスプロムがNS2の完成を発表した。NS2は、ロシアのレニングラード州からバルト海を経由し、ドイツ北部のグライフスバルトを結ぶ海底パイプラインである。
これによりロシアは、ウクライナに通貨料金を支払うことなく、迂回ルートでヨーロッパへ天然ガスを供給することが可能になる。
2021年春から、天然ガス価格は上昇傾向にあり、その影響で原油価格も上昇していた。ロシアの経済戦略は順調に推移するかに見えたが、完成夏以降、NS2への反対の声が大きくなり始めた。
7月21日、NS2に反対していたウクライナ、ポーランドが、NS2がEUの政治、軍事、エネルギー面で脅威になるとの共同声明を発出した。
また、9月には、ロシアがNS2の早期の使用許可を得るために天然ガス価格を操作しているとEU議員(48人)から批判の声が上がり、10月5日には、この件について、EU委員会のシムン委員(エネルギー担当)、ベステアー委員(競争政策担当)らが調査していることも明らかになった。
さらに、ロシア軍情報総局(GRU)がサイバー攻撃をしかけ、9月26日に実施されたドイツ連邦議会選挙に介入したとの疑惑をドイツ外務省が公表したことが、NS2の運用には大きな逆風となった。
この選挙での攻撃対象は、NS2の反対者やクリーン・エネルギー推進派の「緑の党」の候補者などであった。
こうした政治・社会環境の変化により、NS2の運用開始は先延ばしになっており、総工費100億ドル(約1兆1000億円)とされるパイプラインの価値は大きく棄損しつつあり、座礁資産となる恐れさえ生まれている。
プーチン政権の経済戦略の立て直し
こうしたNS2の行き詰まり状況を、プーチン大統領は何としても打開する必要がある。そこには、次のような事情がある。
第1に、天然ガスの主力産出地である西シベリア低地の生産は、2001年に著しく減退し、その後もこの傾向が続いている。新規開発も、その傾向を反転させるまでにはなっていない。
第2に、2021年11月の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で世界が脱炭素化の動きを強め始めた。
第3に、プーチン大統領は2021年12月の記者会見で、2024年の大統領選挙への出馬について問われ、「考えていない。時期尚早だ」と答え、次世代への移行期に入っていることを示唆した。
第4に、新型コロナウイルスのパンデミックの中で、天然ガス・石油の需要が低迷し、ロシア経済が悪化している。
その中、ロシアは経済の立て直しのため、ポスト・コロナに向けた天然ガス・石油の需要の高まりをにらみながら、天然ガス価格を操作し、短期間で収入の拡大をしようとしたとも考えられる。
この動きに同調したのが、原油・天然ガス価格の低迷で経済開発計画の変更や、財政改革(公務員給与・人数の削減、消費財率の引き上げなど)を余儀なくされた湾岸アラブ産油国だといえる。
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(この記事は 2022年3月2日に書かれたものです)
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
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