ウクライナ緊張の落としどころ
★★★上級者向け記事
ミンスク合意が主因
ウクライナ情勢が世界の金融・商品・外為市場のボラティリティーを高め、関連情報に一喜一憂している。覇権の行くえにつながる問題だけに、当事国・機関同士の駆け引きには熾烈な言行が交わされる毎日である。
ただ、市場関係者の多くはロシアがウクライナに侵攻するか否か、信仰するとしたらウクライナの首都キエフの占拠か、東部2州への進軍なのか?に注目の的を合せているようだ。
確かに、ロシア・プーチン大統領の動きの背後には汎スラブ主義や反米・反NATOへの感情の高まりがあるだけに、何があってもおかしくはないが、実は情勢緊迫化の根っこに、2015年に成立した「ミンスク合意」の進捗を巡るロシア側の不満がある。
裏を返すと、ウクライナのゼレンスキー大統領と独仏がロシアとまともな交渉を重ねてこなかった経緯がある。
2月7日のプーチン・マクロン(EU議長国の仏大統領)会談が5時間以上となったのも、このミンスク合意を巡る現状への相互主張がエンドレスになったからだ。
2019年にウクライナの大統領に選出されたゼレンスキー氏。
元コメディー俳優で国政経験ゼロの人物だが、ドンバス戦争(ウクライナ東部ドンパス周辺でのウクライナ軍と分離独立派勢力との紛争)の終結とオリガルヒ(ロシアの新興財閥)の、汚職・腐敗によるウクライナ国家への影響を阻止することを公約に掲げて当選した。
2014年にロシアに併合されたクリミア返還も求めているが、いずれも目立った進展がなく、
大きく求心力を失ってしまっている。
2024年の次期大統領選の鍵は、分離独立派が実効支配する東部停戦地域である、ルガンスク州・ドネツク州でどのようなパフォーマンスを示せるかにあるとされている。
クリミア併合時にロシア軍との戦闘で大敗を喫したウクライナは、不利な条件で、「ミンスク合意」を結ばされたとの思いが強い。
ミンスク合意とは、2014年9月にOSCE(欧州安全保障協力機構)の援助のもと、ミンスク(ベラルーシの首都)にウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国(分離独立派)、ルガンスク共和国(同)が署名したドンバス戦争の停戦合意、及びこれが形骸化されたため2015年2月に改めて署名された包括的措置を指す。
具体的にはウクライナと分離独立派双方の武器使用の即時停止、OSCEによる停戦の監視、ウクライナ・ロシア間に安全地帯を設置し、OSCEが監視すること、ウクライナ領内の不法武装勢力や戦闘員、傭兵の撤退、ドネツクおよびルガンスク州の特別な地位に関する法律の採択、両州での前倒し選挙の実施、包括的な全国民的対話の継続などである。
ミンスク合意がある限り、ドンバス地方で選挙を実施し、高度な自治権(特別な地位)を認めざるを得ず、分離独立に法的根拠が生じてしまう。
これを嫌うゼレンスキー政権は2021年にかけてミンスク合意を反故にすべく尽力してきた。米国を中心とした西側諸国の支持を得る為、国政の汚職一掃など、西側の要求を満たそうとしてきた。
まず、2021年2月に次期大統領選で政権奪取をもくろむ政敵、親ロシア派の野党プラットォーム・生活党の党首であるメドベチュク議員への攻撃を始めた。
ゼレンスキー大統領は、親ロシア派の活動の財源はロシアでのビジネスで獲得した不透明なものと主張し、同議員を制裁対象リストに追加した。
同議員の資産は凍結され、保有する3つのテレビ局は「偽情報の拡散」を理由に閉鎖。同議員が保有する石油パイプラインも国有化された。制裁リストには同議員の妻や、ビジネス関係にあるその他数名も追加された。
さらに5月には国家反逆罪のかどで、同議員や一連の親ロシア派の仲間を逮捕している。クリミア沿岸のガス・油田を(ロシアから)買収したことで、クリミア半島をロシア領土として認めたことが反逆罪にあたるという。
プーチン大統領は、メドベチュク議員の娘の教父(洗礼時の名づけ親)であり、個人的にも親しい同議員への制裁や逮捕などは対面的にも許しがたいと捉えているという。
このようなオリガルとの追放を含めた改革をしたことで、11月にIMFはウクライナに対し、これまで留保してきた約50億ドルの融資のうち、約7億ドルの引き出しを認めている。
踊らされた米国とNATO
さらに2021年8月に、ゼレンスキー大統領はクリミア・プラットフォームを開催し、クリミア奪還への決意を世界に示した。クリミア・プラットフォームとは、端的にいえば、クリミア返還要求国際会議のようなものである。
ウクライナ独立30周年となる8月23日にキエフで開催され、EUおよびNATO全加盟国を筆頭に、46の諸国・国際機関の代表者が参加した。
ロシアによる違法なクリミア半島の併合に対し、国際コミュニティの関心を高め、ロシアに対する政治・外交上の持続的な圧力をかけることが目的である。
ここで調印されたクリミア・プラットフォーム宣言では、クリミア半島の併合を違法と考え、
ロシアによる半島の占領を終了し、ウクライナの領土として認識することが求められた。
しかし、この宣言には法的拘束力のあるコミットメントは含まれておらず、要求の実施に向けた措置も特定されていないため、ロシアへの影響力は限られたものとなる。
汚職一掃や一連のクリミア半島奪還のアピールも空しく、ゼレンスキー大統領の8月末の訪米では、ドンバス地方奪還に向けたミンスク合意反故への支持やクリミア半島を奪還することへの支援は、バイデン大統領から得られなかった。
そのため、ゼレンスキー大統領は、まずはドンバス地方奪還に向けて、軍事力による解決を試みている。
2021年4月にトルコから購入した攻撃ドローンをドンバス地方での偵察飛行に利用した。
さらに、10月末にこのドローンでドネツク州の都市近郊で、ウクライナ戦線を攻撃していた分離独立派武装組織の榴弾砲(内部に爆薬をつめ、目標に当たったときに炸裂する仕掛けの弾を連射する砲体)を爆破した。
分離独立派はウクライナがミンスク合意に反する攻撃をしたと非難したが、ウクライナはドローンがコンタクトライン(事実上の国境線)を越えておらず、そもそも、コンタクトラインに非常に近い場所に榴弾砲如き「破壊兵器」を設置すべきでないと反論した。
ウクライナがトルコからさらにドローンを購入する計画を進めていることから、ロシアはドンバスの独立派組織に対する軍事的な「挑発」行為は、同地域の緊張を再燃させ、ウクライナ国家全体に深刻な結果をもたらすとの見方を強めていた。
そのため、ドローン攻撃から数日後には、ロシア陸軍の戦車がウクライナ国境付近に配備され、11月7日には少なくとも一個大隊分の戦車が集結した(最終的10万人を超える軍隊が集結した)。
米国はこれをウクライナに対する攻撃的態度と騒ぎ立て、ロシアに「ウクライナ侵略」のレッテルを貼ったのである。プーチン大統領はそもそもウクライナからのドローン攻撃に対抗すべく牽制の意味を込めて、軍隊を集結させただけとされる。
しかし、米国が騒ぎ立てたので、プーチンもそれに便乗して、かねて要求していたNATOの東方拡大停止を米国に突き付けたという分析が正しいという(筆者も同じ見方)。2021年12月にロシアは「NATOを東に拡張しないと書面に記せば、(国際条約とすれば)軍隊を撤収する」との条件を出した。
しかし、米国にとってNATOの旧共産国からの前面撤退は外交上敗北を意味し、中間選挙を控えるバイデン大統領にとっては受け入れがたい。
それでも全面的な衝突を避けるため落としどころを探り、今年1月には米国およびNATOがロシアに歩み寄る方向で交渉を始めた。
しかし、ゼレンスキー大統領はウクライナ不在のまま物事が決められることを恐れて、「ロシアと直接交渉する、現段階でロシアがウクライナに侵攻する前夜になっているという米国やNATOのプロパガンダは笑止千万だ」と米・NATOとロシアの協議に水を差し始めた。
プーチンの真意を知ったマクロン
2021年12月時点でドンバス地方でロシアのパスポートを持っている住民は約50万人。
今年7日に長時間にわたってマクロン・仏大統領(EU議長)と会談したプーチンは、ウクライナがもう一度ドンバス地方を攻撃する可能性は否定できないとし、「自国民」保護の必要性を示唆した。
また、ウクライナがロシアを敵国とみなし、NATOへの加盟を希望しているため(加盟が実現すれば、NATOによる集団的自衛権の発動でクリミア半島の奪還に動く可能性が高い)NATOとロシアの全面的な紛争(戦争)に繋がるリスクがあると、マクロンに繰り返し忠告したと想定できる。
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(この記事は 2022年2月14日に書かれたものです)