市場のボラティリティーを高めるプーチン
★★★上級者向け記事
極めて高い洞察力と戦略の凄さ
ロシアのプーチン大統領(以下プーチン)の狙いを読み解こうとすることは、常に高いリスクを伴う。ウクライナ危機が深刻化する中では間違いなくそう言える。
それでも、プーチンがなぜウクライナを侵攻する下地を整え、しかもこの時期に行っているかを理解しようとすると、霧の中からいくつかの重大な要素が浮かび上がってくる。
プーチンがこのタイミングで行動しようとするのは、ウクライナに対する自身の影響力が弱まりつつあると痛感しているためだ。
そしてプーチンが何ら足かせなく行動できるであろうと踏んでいる理由は他の3ヵ国にある。米国、ドイツ、中国だ。
米独中3カ国による要因が実際にプーチンの背中を押しているとすれば、プーチンを思いとどまらせることがいかに困難であるかも浮き彫りになる。
プーチンの動機は、まずウクライナ内部が起点となっている。ウクライナは西側寄りの姿勢を強めており、これは実のところ、悪党のようなプーチンの振る舞いが後押ししているところが大きい。
クリミア半島併合(2014年3月)や脅し、いじめ、それらのいずれもがプーチンの意図とは正反対の結果をもたらしてきた。
プーチンが考えているようにウクライナをロシアの影響下にとどめておくには、図らずも自ら高めてしまったウクライナ国内の反ロシア、親欧米ムードを反転させる必要があるとプーチンは感じているようだ。
「彼(プーチン)はこれを、阻止できない西側とウクライナとの関係強化だとみている」
米国防長官やCIA長官を歴任し、ロシア専門家として長年の経験を持つロバート・ゲーツ氏はこう指摘する。
「米国や欧州諸国は兵器や訓練を提供している。(ウクライナは)NATO加盟国ではないかもしれないが、安保関係は日に日に強まっている。プーチン氏の観点からすれば、取り返しがつかなくなる前にウクライナに関して行動しなければならないという、ある程度の切迫感がある」と。これが行動すべき理由だ。
ではなぜ、プーチンは隣国の国家主権を侵しても報いを受けずに済むと考えるのだろうか?まずはプーチンが米国をどうみているかにある。
米国内では、まさに民主主義の中核を形成する選挙の妥当性に疑念を投げかける人々(トランプ派勢力)が社会を深く分断している。
つまり米国は内部のつばぜり合いが足かせとなって、断固とした行動に踏み切る能力が衰えており、且つ民主主義モデルそのものの影響力も同様に弱まっているとプーチンの目には映る。
しかも、現職も含めた直近の歴代大統領3人(オバマ・トランプ・バイデン)はいずれも、とりわけ軍事力に関して米国民は外国への関与にはうんざりしていることを、言葉や行動を通じて明確に示してきた。
そのため、ロシアのウクライナ侵攻に対しても米国が武力で対応する見込みは薄い。
混迷を深めた昨年のアフガニスタンからの極めてまずい要領での拙速な米軍撤退によって、プーチンの中で米国の軍事的対応はないとの見方が、さらに固まった可能性すらある。
元安保担当者でロシア専門家のセスタノビッチ氏(現コロンビア大教授)は、
「アフガン米軍撤収を巡るバイデン大統領の失態によって、こいつは振り回すことができる人物だという印象をプーチン氏に与えたとの見解を否定することは難しい」と言及している。
その上、ロシアの侵攻に対して、西側諸国は結束した行動を示せないとプーチンが懐疑的にみる根拠をドイツが与えている。
ドイツは2022年末までの原発廃止決定により、ロシアからのエネルギー輸入に対する依存度をかつてないほど高めてしまった。
要するにプーチンはドイツに対しても、最も物事を優位に進められる状況にあると言えそうだ。ドイツ当局者はウクライナとの連帯を強調するが、行動が伴っていない。
人口8300万人のドイツ、1億4400万人のロシアに対して、100万人強の小国エストニアが、結束の証しとしてウクライナに武器を送ることを望むと、ドイツは自国製の武器輸出について許可書の発行をかたくなに拒んだ。
一方で、プーチンは中国との関係を深めていることで、ウクライナ侵攻後に欧米諸国がいかなる経済制裁をしても、中国が支援の手を差し伸べてくれると考えているはずだ。
プーチンと習近平国家主席は足元、相互の友情を見せつけており、プーチンは開幕が迫る北京冬季五輪に出席する要人の1人になる見通しだ。
中ロは米国の弱体化を印象づけたいという目的で一致しており、ロシアがウクライナ侵攻に成功すれば、中国による台湾侵攻への布石にもなり得る。
前出のゲーツ氏は、欧米諸国によるロシアへの経済制裁に対して、中国による支援提供の話が浮上しなければ驚きだという。
もちろん、こうした読みが外れる展開になることも十分あり得る。
ロシアの挑発行為を受けて、西側の同盟国はロシア周辺への兵士増派に動いた。これはプーチンの望む展開とは正反対のはずだ。
プーチンの執拗な精神力
プーチンがその理念に身をささげたソビエト連邦は1989年に崩壊した。彼はこの出来事を繰り返し、20世紀最大の地政学的大惨事だと述べている。
その結果、旧ソ連圏の人口の48.5%とGDPの41%が失われ、何より重要なことに、米国の戦略的な対立軸となる世界の大国としての地位が剥奪された。
1999年から実権を握るプーチンは今、ロシアの失われた栄光を取り戻し、過去の汚名を殺ぐため、自身のキャリア(KGB出身)で最大のリスクを冒そうとしている。
欧州の安全保障体制を改めさせ、冷戦下のロシアの敗北を、(少なくとも部分的に)打ち消そうとする国民の動きは、1940年代以降の欧州では類を見ない地上戦を引き起こす恐れがある。
プーチンは自らが突きつけた米国への要求が拒否された場合、「ロシア軍をキューバやベネズエラに派遣する可能性がある」とまで伝えてきている。
これは、まさに米国の戦略的脆弱性を突いた第一級の交換条件である。
ロシアのメディアでは「NATO不拡大などが米欧から拒否されたら、ロシアはキューバやベネズエラに軍事基地やミサイルなどを設置するだろう」と、プーチンの狙いを明白に共有している。
実際、1月24日、プーチンはキューバの大統領と電話で協議し、戦略的パートナー関係に基づく協力強化で合意。すでに20日には、ベネズエラの反米左派マドゥロ大統領と国際問題での戦略的協力関係を確認している。
「不透明性、両義性、そうしたものは彼の戦略の一部だ」。
1997年~2011年にロシア大統領府で顧問を務めた政治学者・パブロフスキー氏はこう話す。
「全てが明白であれば、彼の脅迫圧力はたちまち低下する」。
プーチンはロシアの軍や情報機関、外交官らに頼ってはいるが、政策決定の際には、欧米首脳がほとんど行わないレベルまで詳細を把握しているという。
この権力集中は、ロシアの今後の動きを分析し、その真意を測ることを一段と難しくしている。
2018年10月のモスクワでの会談を含め、プーチンに数回会ったジョン・ボルトン元米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、「彼は自らの政権の外務大臣であり、国防大臣でもある」と述べている。
過去20年間の実績は、もはや他人の忠告に耳を傾ける必要はないというプーチンの信念を後押ししている。過去に取った行動がさほど重大な結果を招かなかったことが、プーチンをより大胆にしている。
同氏は2008年にジョージア(旧グルジア)、2014年にはウクライナに侵攻し、同年クリミア半島を併合した。また国外で暗殺計画を指示した疑い(2018年の神経剤ノビチョクによる英国の毒殺未遂事件など)がある。だが、それに対する欧米の制裁措置は限定的なものだった。
一方、欧州ではロシアの天然ガスへの依存度が高まる一方だ。そのため、欧州の米国同盟国の多くは制裁拡大による自国経済への影響を恐れ、ロシアに盾突くことに尻込みしている。
米国バイデン大統領の戦略的敗北は、もはや決定的といえる。ロシアのウクライナ侵攻があっても、無くてもだ。
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(この記事は 2022年1月26日に書かれたものです)
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