独新政権とECB情勢からユーロを見通す
★★★上級者向け記事
ドイツ新政権の財政政策
11月24日、ドイツの新政権樹立が決まった。
予測通り、SPD(社会民主党=中道左派・緑の党=環境政党)・FDP(自由民主党=中道右派)のいわゆる「信号色連立政権」で、首相にSPD党首ショルツ氏、財務相にはFDP党首リントナー氏(当レポートで予測済み)が就任する。
外為市場関係者の視点からは、16年間のメルケル政権で貫いてきた「健全財政主義」が、どの様に変化するのか否か、ショルツ政権がEUの中心的存在としての立場を引き続き維持していけるのか、という課題の行くえに焦点を定めている。
すでに先週号では、ユーロ圏経済の回復持続に関する3つのリスク(コロナ感染拡大・サプライチェーンの混乱・インフレの上振れ)について詳しく言及したが、今回は新政権の「財政政策」と「信号政権の対外政策」、そして12月末に退任することになった「ワイトマン・ドイツ連銀総裁の辞任」について記す。
新政権は、ドイツの憲法にあたる基本法の債務ブレーキ条項(赤字国債の発行は原則GDP比0.35%以内)を変えない方針とした(22年についてはコロナ危機からの回復途上であることから、メルケル政権が例外規定に基づき債務ブレーキ条項を適用しないと決定済)。
財政方針は新政権の間で最も意見の分かれる論点であったが、「債務ブレーキ条項の範囲での赤字活用」という財政規律を維持する内容に落ち着いた。
もっとも、新政権の財政スタンスは、メルケル政権に比べると小幅に拡張する。
メルケル政権は財政再建のため、2009年に基本法に債務ブレーキ条項を導入し、さらに2013年に財政赤字を一切許容しない方針の「黒のゼロ」をCDU(当時の与党第1党)の公約に掲げた。
2017年の総選挙後に締結されたSPDとの連立合意文書でも「黒のゼロ」政策は維持され、財政黒字はコロナ危機直前まで保たれた。
これに対し、新政権は債務ブレーキ条項を継承するものの、「黒のゼロ」は、合意文書で見送っており、赤字を一切認めないという厳格なスタンスは放棄される。
さらに、財政余力を創り出すための施策も列挙されている。
インフラ投資を担うファンドや事業体の活用
第一は、インフラ投資を担うファンドや事業体の活用である。
KfW(ドイツ復興金融公庫)やドイツ鉄道などの自己資本を必要に応じて財政予算により増強することで、これらのファンドや事業体によるインフラ投資を拡大する(レバレッジ効果の活用)。
加えて、2021年に余った予算を気候・転換基金に充当し、2022年以降の投資資金に活用することも検討する。
コロナ危機で発行された赤字国債の債務償還計画の見直し
第二に、コロナ危機で発行された赤字国債の債務償還計画の見直しである。
2020年に発行された赤字国債は、2023年以降20年かけて均等償還される計画である。
しかし、連立合意では当該償還期間を、EUの復興基金の償還期間に合わせて30年に延長するとしている。これによりドイツ政府の償還にかかる負担が軽減される。
債務ブレーキ条項が認める赤字幅の定義の見直し
第三に、債務ブレーキ条項が認める赤字幅の定義の見直しである。
債務ブレーキ条項は財政収支について「景気変動が通常常態から逸脱した場合には、景気回復と後退の予算への影響を対称的に反映しなければならない」としている。
新政権は当該影響の算出方法の詳細を見直すことで、債務ブレーキ条項を変えることなく、許容される赤字国債を増やす。
さらに、環境に害を与える非効率な補助金も見直すとしている。念頭にあるのがプラグインハイブリッド車に対する補助金である。
ガソリンエンジンと電気モーターの両者を動力とするプラグインハイブリッド車は、EV(電気自動車)に分類され、補助金の対象になっているが、ガソリンエンジンで走行する場合CO2を排出する。
新政権は補助対象を、主に電気モーターで走行するプラグインハイブリッドに、狭める意向である。
なお、10月15日の「3党大筋合意文書」では、増税しない方針が明記されていたが、今回の連立合意に当該記録はなかった。増税にはFDPが強く反対しているが、連立合意は将来増税する選択肢を残したことになる。
以上のとおり、新政権はグリーンやデジタル投資などを促進するため、多数の財政余力確保策を検討はしている。
しかし、債務ブレーキ条項自体は変更しないことから、再生可能エネルギーやデジタル投資への予算措置は限定的と判断される。
民間資金の活用や手続きの簡素化によって民間投資の加速が期待されている背景には、このような事情がある。
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(この記事は 2021年12月06日に書かれたものです)