供給制約インフレと雇用の歪みの共存

★★★上級者向け記事
世界に広がるインフレ懸念
世界的なインフレ率の上昇は、生産の遅延や物流の混乱といった経済の供給側が主因となって起きている。
この供給制約はデルタ株によるコロナ禍の長期化で「一時的」では済まなくなる可能性が次第に現実化してきて、各国の中央銀行は早期の金融政策正常化で対応せざるを得なくなっている。
各国の中央銀行は年後半に入ってから、デルタ株の猛威によって経済の回復ペースに、陰りがみえるなかでも、利上げや量的緩和の縮小といった金融政策正常化への動きを加速させていることは前回の当リポートで言及した。
その背景の一つは、世界に広がるインフレ懸念である。
変動幅の大きい食糧とエネルギーを除いたOECD37ヵ国の消費者物価の前年比を見ると、欧米諸国での最初のロックダウンの影響が顕在化した2002年4月以降こそ物価上昇率は2%を下回るが、丸1年後の今年4月には再び2%を上回り、今年6月以降は3%を上回っている。
3%を上回るのは、2020年前半以来19年ぶりのことだ。
これに対し、前回、世界全体が不況に直面した世界金融危機(リーマンショック)の時は、2008年9月をピークに物価上昇率の低下が2010年10月に前年比+1.1%をつけるまで2年以上続き、2.0%の上昇率に(一瞬だけだが)戻ったのは、さらにその1年後の2011年12月のことであった。
変わってしまった世界の需給バランス
こうした物価の動きの違いは、世界経済の需要と供給のバランスが当時と現在で、大きく変わってしまったことで起きていると考えられる。
2008年後半からの不況の原因の一つは、欧米で起きた住宅バブルの崩壊と、それに伴う家計のバランスシート調整にあるが、これは欧米諸国の個人消費低迷に直結し、ディスインフレの大きな要因となった。
ところが、2020年に始まったパンデミックでは、中国や欧米で厳格なロックダウンが行われた当初こそ、経済の需要側に極めて強いショックがかかったものの、その後は対人接触を伴う観光などのサービス消費が感染への懸念から抑制され続けた一方で、モノに対する需要は急速に回復していった。
このような需要回復ペースの差は、世界全体の貿易数量の推移にも表れている。
前回の不況では、金融危機が始まった2008年9月の水準を貿易数量が上回るのは、2年以上先の2010年11月だった。
ところが今回、貿易数量は20年春に急減した後に急回復し、20年9月にはパンデミックが始まった同年1月の水準を一気に上回っている。
それだけではなく、今回のパンデミックは世界金融危機の時と違って、実体経済の供給側にも強い影響を与えている。
昨年、中国で感染が拡大したときには同国を起点に世界の生産活動が止まり、
最近でもデルタ株の流行によって、ベトナムをはじめとする東南アジア諸国の一部の工場で、生産停止に追い込まれている。
現在のように、アジアを中心に世界的且つ高度な供給網が形成されると、何らかの要因によって、ごく少数の国であっても一旦、生産活動が止まれば、その負の影響は部品不足による生産遅延といった形で瞬く間に世界に広がってしまう。
この他にも、米国ではコロナ禍による通信販売の急増で構造的なトラックドライバー不足に拍車がかかり、港湾でも感染拡大などで人員不足が深刻化したことから、コンテナ船の荷下ろしが遅れている。
この影響は、コンテナ船の到着遅延常態化という形で世界に広がっており、欧州の海事情報分析会社によると、世界の主要34航路の運航スケジュール順守率は、2020年の夏ごろから低下し始め、今年8月には33.6%と2011年の統計開始以来の最低を記録した。
こうした供給の制約は在庫不足に顕著に表れており、米小売業の手元在庫を売上で割った売上在庫比率は、モノの需要回復と相まって、2020年1月時点の1.43ヵ月から直近7月では、1.11ヵ月まで低下し、現行統計が遡れる1992年以来で最も低い領域にあるなど、逼迫の度合いが深刻化している。
こうしてみると、コロナ禍に伴う影響が様々なところに波及した結果、足元の世界経済では、供給側の制約が強い形で需要と供給のバランスを取り戻そうとしており、そのことが様々なコストの上昇に起因する物価上昇の加速という形で表れていると考えられる。
FRBは当初、こうした物価の急上昇を「一時的」なものだとし(実は筆者も同じ見方だった)、金融政策の正常化は急がない姿勢を見せていた。
ところが、より感染力の強いデルタ株の登場によって、ワクチン接種が進みながらも、コロナ禍は想定よりもかなり長期化しそうなことが明らかになってきた。
すると、生産や物流の遅延、人員不足の長期化による賃金上昇といった経済の供給側がもたらす負の影響も、5年単位といった形でより長期にわたって続いてしまう可能性も高まってくる。
そうなると、FRBとしては自分たちの政策誘導だけでは解消できないコストプッシュインフレとはいえ、足元の物価上昇を「一時的」としてやり過ごすことはできなくなり、インフレ期待の高まりを抑える必要に迫られる。
先進諸国はこぞって、この「インフレ率の持続的上昇」を懸念し、利上げや量的緩和の縮小に向けたスタンスになっているというのが実情である。
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(この記事は 2021年11月11日に書かれたものです)