どうなる、リニア中央新幹線(上)
「冗談じゃねえヤ、掘れると思っているのか?フォッサマグナに沿っているんだぜ。糸魚川静岡構造線、中学生だって知ってるよ」と啖呵を切る石原裕次郎。
1968年封切りの映画「黒部の太陽」でのワンシーンだ。
黒四ダム建設に伴う破砕帯(わずか80メートル幅)の想像を絶した湧水との斗いを、これだけの短いセリフで表現したのは出色である。今、その恐怖の破砕帯(しかも800メートル)でトンネル工事を始めようとしている国策がある。
2027年の品川-名古屋間営業開始予定の「リニア新幹線」である。しかし、案の定、大問題となり工事県にあたる静岡・川勝知事が断固反対の姿勢を貫いている。
ただ、いつものこと(沖縄県辺野古の基地建設工事など)だが、最終的には県知事の許可を得ずとも国が工事を命ずることができるように法的根拠をすり替えてしまう可能性が高い。
と同時に、工事強行により、とんでもない規模の「計画ミス」が露呈し、工期は何年も遅れることになりそうである。もちろん、総工費9兆円(3兆円は政府が低金利で融資)はどんどん膨らんでいく…
活新層を突き抜け、大井川渇水の危険
リニア新幹線事業の概要を記しておこう。
整備計画によればリニア中央新幹線は、超電導磁気浮上方式、時速505キロという超高速で走行して最終的に品川・名古屋間を40分、品川-大阪間を1時間余で結ぶという計画。
JR東海はリニア新幹線をつくる理由として、
- 東海道新幹線の経年劣化や、大規模災害への備えとして日本の大動脈輸送の二重系化を図る
- 東京・名古屋・大阪の三大都市を1時間で結ぶ7000万人の巨大都市圏により経済活性化につながる
としていて、国も3兆円にも及ぶ財政投融資を投入空いて、「国策」として関与している。
今では、経年劣化による大規模改修は新幹線を走行させたまま可能であるとされ、活断層を何本もまたぐ南アルプスを走ることは、かえって危険、大規模災害への備えにならないのではと多くの人から批判されてきた。
リニアは英語で「線形」を意味し基本的に直線で走行するため、ほぼまっすぐな軌道、行程の86%がトンネルとなる。
静岡県は南アルプスの山岳部の10.7キロをトンネルで通過し駅は設置されない。トンネルは最高1400メートルの土被り(トンネルの上端から地表面までの土砂や岩盤の厚さ)があり、ものすごい圧力を受ける。
それではリニアが通る南アルプス、大井川はどんなところか。
南アルプスは3000メートル級の山々が連なる日本の屋根。北アルプスとの違いはいまだ造山活動が盛んであり、海洋プレートが大陸プレートに沈み込むことによって年間4ミリほどの隆起(1万年で4メートル隆起の計算)が続いており、この隆起速度は世界でも有数といえる。また南北方向にいくつもの断層が通る。リニアはここを横切ることになる。
一方、大井川は、江戸時代には「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とうたわれたほど水量が多い川だったにもかかわらず、今、新幹線の鉄橋を通ってもほとんど水が流れていないのはご承知の通り。
その大井川で、中電、東電、国、中下流のさまざまな利水団体で、後に一滴も残らないと言ってもいいほど利水権が決められている。
中流の塩郷ダムに溜められた水は導水管で笹間ダム湖・川口発電所に送られ、ここからさまざまな利水団体、中下流域60万人以上の人口が水道、産業用水、工業用水へ送られると言った高度の水利用が行われている。
現在、静岡県とJR東海の最も主要な対決点となっているのは、なんと言っても大井川の水問題にある。リニア新幹線の認可の前提である2013年の環境評価準備書(アセスメント)で、南アルプスのトンネル工事によって大井川の水量が毎秒2トン減るとされた。
翌14年3月、これに対する知事意見で「トンネル湧水(湧水=大井川の流量を減らす)の全てを現位置(大井川に誘導)に戻すこと」と述べたが、静岡県の立場は現在に至るまでここから振れていない。
川勝平太知事(元社会・文化学者)自身はリニア新幹線に賛成の立場であり、それは現在でも表明している。1996年以来、国土交通省の国土審議会委員を長く務め、リニア新幹線にも関わる「スーパーメガリージョン構想」の策定にもかかわったことなどによる。
一方、知事が「水問題で譲れる部分は皆無」との立場を確立したのは、中下流の市町村や利水団体が水を守ってほしいと知事に要請したことが大きいと考えられる。
これには前史がある。1961年に塩郷ダムの完成直後から、大井川の流水は完全に途絶した。
自治体や利水省は中部電力が利水権の一部を返還し、通年で毎秒3トン、農繁期(4月~9月)で毎秒5トンを放流することが決まった。「水返せ運動」である。
しかしそれでも毎年、取水制限が行われ、2018年度は147日間(12月~5月)の取水制限期間を設けざるを得なかったほど水問題は逼迫している。
その後、JR東海は「大井川の流量は毎秒2トンをできる限り減らせないように努める」として、導水路トンネルの設置と県境からのポンプアップの方策を提示した。
これに対し、静岡県は「工事中も含め湧水は全量、大井川に戻す」ことを主張して、工事開始の協定書の締結時に折り合わず、平行線を続けてきた。
他県が次々工事を着工する中で、18年10月にJR当会が「全量戻す」ことで歩み寄り、どのように戻すのか具体的な手立てで協議(対話と表現)に入った。
その協議を担ったのは県が設置した環境保全連絡会議の有識者によっていて、ここで科学的な議論が積み重ねられてきた。
JR東海の爆弾発言
18年12月には、県側から「水資源の確保等に関する質問書」が提出され、JR東海との間で質疑が行われるかたちで対話が進んだ。
JR側は県の主張に押されて、毎秒2トン大井川の流量からテーマが切り替わり、トンネル湧水について毎秒3トンを上回ったら工事を中断して対策を検討するリスク管理の値を提示した。
その根拠、その方法を詰めることをはじめておして、水問題だけではなく広く環境も含めた数十の論点で科学的に積み上げた質疑が行われた。
ところが県・JR東海の協議の最中の19年8月、突如、JR当会がそれまでと180度態度を変え、「先進杭(本杭前の試験杭)がつながるまでの工事期間中は山梨・長野両県にトンネル湧水が流出する」と延べ、”全量戻すとは約束していない“と爆弾発言をして会議は騒然となった。
この発言は具体的に言えば、右側の山梨工区から県境を越えて先進杭を掘り進めて静岡工区とつながるまでの湧水は静岡側に戻さないということだ。これは18年10月の約束を破るものであった。
なぜJR東海がこれに固執するかと言えば、県境静岡側に「畑薙山(はたなぎさん)断層」と呼ばれる破砕帯とみられる断層が存在するからと考えられる。
破砕帯とは造山運動などによって砕かれた岩石が一定の幅と方向を持って帯状に連続している部分を言い、膨大な量の水を含んでいる。JR東海の予備的な調査でも、その幅は800メートルあるとしている(黒四トンネルの10倍)。
JR東海の説明会では、山梨県境にある畑薙山断層を山梨側、下から(山梨側)掘っていく理由を「工学的な見地から」と説明。「突発湧水時には切羽付近に一気に湧水が湧出し、ポンプ設備により汲みあげるものの、水没するリスクがある」として人や設備の被害を言っている。
JR東海は、破砕帯が膨大な水量を含んでいることを前提にして、これまでの約束を覆したとしか考えられない。
もしこれをこのまま放置するならば、南アルプスが一番多く水を含んでいると考えられる破砕帯から山梨側に水が流れ出し、大井川の水深や山体の乾燥化によって、生態系自体の激変に道を開き、山体崩壊の恐れが指摘されている。
国が介入し、行司役を狙う
さて、19年8月のJR東海による爆弾発言後、静岡県との協議はどうなっているのか。
19年6月、愛知県大村知事から「2027年の開業時期が遅れることは到底受け入れられない」と事実上、静岡県批判が出されていた。どうやら爆弾発言は、この大村愛知県知事発言を利用して国が動いた結果である公算が強い。
最終的に国が協議に関与していくことで行司役としての最終決定権を手に入れようとの画策だ。
19年8月、国土交通省は調整役として協議に関与することを表明。
その結果、静岡県とJR東海の間で「リニア新幹線についてできる限り早期の実現が望まれる。水資源・自然環境の影響を回避・軽減の措置を適切に講じていく」との合意書が結ばれた。
実際には、静岡県とJR東海との対話に国交省鉄道局施設課室町が立ち会ったが、現在も注視するにとどまっている。
しかし、JR東海が「湧水は全量戻さない」表明をして静岡県との議論が平行線になった19年10月、わざわざ台風災害対処の最中に国交省事務次官が静岡県庁を訪れ、国を含め、三者で新たな枠組みをつくることが合意された。
その確認文書を巡っては次の応酬があった。静岡県は2014年に太田昭宏国交相(当時)のJR東海の環境影響評価書(環境アセスメント)に対し、「地元の理解と協力を得ることが不可欠」を明記することが条件としたのに対して、国は「地元の理解を得ることに努める」との文言を提示した。
これは官僚用語としては「地元の理解は必要十分条件でない」という意味である。川勝知事は即座に「国は中立ではない」「鉄道局に行司役の能力はない」と見抜き反発した。つまり、以来静岡県・国・JR東海の三者協議は開かれていない。
国土のグランドデザイン2050とは
リニア新幹線は安倍首相のもとで閣議決定された国土計画=「国土のグランドデザイン2050」の中で重要なツールとして位置づけられている。
この計画とは、急激な人口減少・高齢化の中で2050年を見据える国土づくりの理念・考え方を示している。
人口減少の中で地方には、各種サービスを効率的に提供するためには集約化(コンパクト化)すると同時にネットワーク化により、各種の都市機能に応じた「圏域人口」を確保するとして「コンパクト+ネットワーク」の施策を展開する。
一方、「リニア新幹線の整備により、三大都市圏がそれぞれの特色(東京圏の国際的機能、名古屋圏の先端ものづくり、大阪圏の文化、歴史、商業)を発揮しつつ一体化し、世界から人・モノ・カネ・情報を引き付け世界を先導」するスーパーメガリージョン構想を進めるとしている。
しかし、これが進めばなけなしの資源が集中し、東京一極集中はさらに進み、一方で地方は急激な人口減少がより一層加速し、衰退することが懸念される。一部の有能な人々が中心となって形成されつつある「活発化しつつある地方」も点々としたコロニーレベルが限界となろう。
静岡県は、18年の都道府県別の人口社会減において茨城、福島、新潟に次いでワースト4位となっており、10代、20代の若者が首都圏に流出している。
JR東海はリニア新幹線が新大阪まで開通すれば、県内に停まるひかり、こだまを増発すると言うが、こだまは現在でも乗車率は3割台。果たして2037年(品川-新大阪のリニア営業開始年)まで増発に値する人口を維持できるだろうか。
その静岡県に社会的なゆがみ、地域の衰退を押しつけることになるリニア新幹線の「破砕帯貫通トンネル」を知事が拒否するのは当然であろう。
今、静岡県が科学的な知見を積み上げ、国交省担当者も「JR東海の説明は不十分」「この状況では県の理解は得られない」と発言するほど道理にかなった議論を展開している(水面下で、だが)。ただ、最も懸念されるのは、800メートルの破砕帯に含まれている水量推計だろう。
JR東海は220万トンと見積っているが、実際はそれをはるかに越え、一気に流出することで大井川の流量が大きく減少してしまい、且つ南アルプス全体の造山運動に変化が出てくることも想定される。工法も含め、JR東海も国交省も工期の大幅延長を余儀なくされそうである。