物語 ディーラーは死なず

為替ディーラー物語『ディーラーは死なず』
日々の外国為替相場にリンクして進行するディーラー物語。相場動向を物語にしているため、相場で何が起きているのか相場を疑似体験でき、相場の本質の理解に役立ちます。
前回の物語は、こちらよりお読みいただけます。
https://real-int.jp/articles/1893/
第41回「 春来たれり 」
週初の12日(月曜日)、森友文書問題で日本中がざわつくなか、外国為替市場は模様眺めの展開となり、朝方からドル円は106円台後半での保ち合い状態が続いている。
先週の金曜日に発表された米2月雇用統計の結果だけで判断すれば、多少はドルが買われも良いはずだが、107円を試す雰囲気もない。
‘この様子だと、今週もドルの上値は重いはずだ。ここはドルを売っても悪くはないが、期末を控えて余計なことはしたくない’
そんなことを考えていると、自分専用の電話が鳴った。
財務省の坂本からである。「貴様、誰に何を頼んだ?」いきなり怒り狂った様な声で食って掛かってきた。
財務省主計局から札幌財務局への転勤、しかも主計課付きという空気の様な立場での転勤は、‘将来は局長の上も間違いなし’と踏んでいた彼にとって、想像すらしなかった厳しい宣告だったに違いない。
電話の怒声に今の彼の気持ちが滲む。
「ご転勤だそうで、吉住さんから聞きました。坂本さんは私がその件に関わったと言いたいのですか?」
「ああ、そうだ。だから、誰に何を頼んだと聞いている」怒りが収まっていないのか、まだ声が震えている。
こんなとき、こっちは冷静に受け止めればいい。「勉強会の日、この先余計なことをすれば、‘霞が関にあなたの居場所がなくなる’と伝えたはずです。それを単なる私のブラフと受け取ったあなたの思慮が足りなかったのでは?
’官邸の意向なら聴く’耳を持つあなたが、一民間銀行の為替ディーラーの言うことを無視した。それだけのことでしょう。でも良かったじゃないですか、主計畑だそうで」
「貴様、俺を馬鹿にするのか。一度左遷されたら、ほとんどカムバックはない」
「あなたなら出来ますよ。同期の中でトップを走ってきたそうじゃないですか。でも、パワハラだけは気を付けた方が良い」
「貴様、どこまで知ってるんだ。いつか必ずこの仕返しはしてやるから、覚えてろ!」凄まじい声で捨て台詞を残すと、彼の方から電話を切った。エリートを誇った男にしては、有体の捨て台詞である。
坂本の左遷理由は公にはならないが、吉住によればパワハラだという。課内だけでなく他部署に於いても、彼の言葉によるハラスメントは相当酷かったそうである。俺を無理やり勉強会の講師に仕立て上げたのも、そんな彼の圧力が働いてのことだった。
永田町の意向云々が取り沙汰されるなか、今回の件で俺はその意向を使った。岬と志保を守ることが出来たが、世間で官邸主導に傾斜する政治のあり方が取り沙汰されているなか、少し負い目を感じざるを得ない。
佐川氏が理財局長だった頃の国有地売却価格を巡る決済文書問題では、オリジナル文書があまりにも克明に記され過ぎている。
その不自然な文書は、官邸により行政が歪められたことを示すエヴィデンスとして、当時の佐川理財局長とその配下の一部が残したものだったのかも知れない。
‘真相が分かれば良いが’
事の起こりや性質は異なるが、リクルート事件の影響は内閣総辞職に及んだ。当時の首相は竹下登、そして蔵相(現財務相)は宮沢喜一。
今回は、安倍晋三首相、そして財務大臣は麻生太郎。今、彼等の立場が問われている。
翌日(13日、火曜日)以降、ドル円は一時107円30銭を付けたが、伸びに欠けた。テクニカル上では20日~25日移動平均線がドルの上値を抑えた格好である。移動平均線はその期間の売買コストを概ね意味する。
であれば、その水準で投機筋のドルロングの投げが出やすく、ドルショートを持ちたい投機筋の売りが出やすい。
ドル建ての輸入筋は高値でのドル買いを手控える一方、その逆にドル建ての輸出筋はドルの戻り売りを狙う。
そしてドル建て資産を持つ資本筋は未ヘッジ部分を減らす*一方で、期末を控えて新規の海外証券投資を手控える。
ドルの上値が重たくなるのは当然だ。週末(16日、金曜日)に、ドル円は105円60銭まで下落した。
土曜日の晩、岬からの電話があった。
「今日、主人から印鑑の押してある離婚届けが送られてきたの。同封された手紙には札幌に転勤する旨とこれまでの詫びが書かれていたわ。
でも、これまでの主人らしくないの。まるで人が変わったみたいに穏やかな筆致だった。
了、この間、‘何が起きても構わないか?’って私に聞いたわよね。彼に何かした?」
‘志保の父親に働きかけたことを言える訳がない’
「いや、特に何も・・・」言葉が続かない。
その間合いに何かを感じ取った彼女の様子が電話越しに伝わってくる。‘拙いな’
「そう、それならいいわ。安心した。了には色々と心配を掛けたけど、これからは全て前向きに考えられそうな気がする。
月末までに官舎を引き払う必要があるらしいの。それが終わるまではばたばたしそう。ところで、山下さん、もう直ぐニューヨークね。淋しいでしょ、了?」
「まあな。これであいつが飲み食いする分の支払いは減るけど、正直言って淋しいよ」
「でも、毎日電話で話するんでしょう?羨ましいわ、了と山下さんとの関係、それに東城さんとの関係もね。私とどっちが大事?・・・・・・なーんて、ありふれた質問はしないから大丈夫よ」
‘最後の台詞は彼女の強がりだろうか’ふと、岬の心が遠のいて行く不安に駆られ、慌てて言葉を繋いだ。
「ありふれた質問って?そんなことはないと思うけど。でも、いつか他の言葉で面と向かって聞いてみたら」
「分かったわ。‘つまり、つまり’ってことね。それじゃおやすみなさい」
電話の向こうで‘In other words,・・・・・’と彼女が歌い出す。
「ああ、おやすみ」‘hold my hand’‘ please be true’という結びのフレイズまで聴くことはできなかったが、心が満たされた。
いずれにしても、坂本から離婚届けが送られてきたのは良い知らせだ。
でも、坂本はどんな内容で転勤話を岬に伝えたのだろうか。見えを張り続けたであろう彼のこと、札幌での自分の新たな立場は伝えていないはずだ。彼の気持ちを思うと、少し心に痛みを覚える。
‘彼が売ってきた喧嘩を買って出たまでのことだ。売りと買いは為替ディーラーの宿命か’
頭を振りながら、テーブルの上のウィスキー・ボトルのネックを掴むと、PCの置いてあるデスクへと向かった。
昨日から洗わないままのグラスにラフロイグを注ぐと、一気に飲み干した。そしていつもの様に、国際金融新聞の木村宛てのメールを打ち出した。
木村様
来週のドル円相場予測をお送りします。
内外で与件が多くて、木村さんも忙しいのでしょうね。
僕も多すぎる与件に辟易としています。
そうしたなかで、FOMCが一つの焦点ですが、利上げ決定云々よりもドットチャート(政策金利見通し)の方が気になります。
現在、長期の中立金利・中央値は2.75%ですが、これが一挙に3.25%や3.5%という水準になるまで政策メンバーの気持ちが景気過熱制御に傾いているとは思えません。この先、精々3.0%が良い処でしょうか。
本邦では、「麻生辞任→安倍政権の崩壊」というイメージが市場で強まっている点でしょうか。つまり、アベノミクスによる円安・株高のシナリオが崩れ、株暴落・ドル円急落という展開は有り勝ちかと。
今はそうした短絡的な読みこそが、市場に受け入れられやすいのだと考えています。
現局面では、損得勘定を気にしなくても済むエコノミストやストラテジストが綺麗に仕立て上げた悠長な相場予測は不要ということです。
そうしたなかで、ドットチャートの中立金利の水準調整はまともに採り上げて良い与件の様な気がします。・・・木村さんなら、これで一味違う記事を書けると思います。
一応、来週のFOMCにおけるドットチャートの中央値は+10bp程度(2.85%)を考えています。
予測レンジ:103円50銭~107円90銭
IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了
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https://real-int.jp/articles/1910/