物語 ディーラーは死なず1

為替ディーラー物語『ディーラーは死なず』
日々の外国為替相場にリンクして進行するディーラー物語。相場動向を物語にしているため、相場で何が起きているのか相場を疑似体験でき、相場の本質の理解に役立ちます。
前回の物語は、こちらよりお読みいただけます。
https://real-int.jp/articles/1735/
エピソード1 収益改善
第27回 MOFからの確認
先週末に米上院で税制改革法案が可決されたことを受けて、週明け(4日)のドル円は先週末より高値水準となる112円後半で寄り付いたが、その後は概ね同レベルで保ち合う展開となった。
朝方の売買が一巡した10時過ぎ、凝り固まった背中を伸ばすため、ディーリング・チェアを目一杯後ろに倒し、深く息を吸い込んだ。
そのままの状態で暫く目を瞑っていると,「課長、MOF(財務省)から電話です」という山下の声がした。MOFの誰からの電話か訝りながら、チェアを元の位置に戻して受話器を手にした。
「はい、仙崎ですが」
「竹中です」国際金融局長である。
「あっ、局長、お久しぶりです。お変わりございませんか?」
‘局長’と聞いて、山下が困惑の表情を浮かべている。もう少し丁寧な応対をしておけば良かったと思っている様だ。そんな部下を気遣って、右の親指を立てて見せた。
「ありがとう、元気だ。君も元気そうで何よりだ。あっちでの活躍はうちの連中からも聞いてるよ」
「昔、竹中さんに揉まれたお陰で少しは成長したのかも知れません」
まだジュニア・ディーラーだった頃、竹中は実務で陣頭指揮を執っていた。厳しい一面を持つが、たまにプライベートでも労ってくれる人物である。
「ところで例の件だが、東城さんから君が承諾してくれたことを聞いたよ。本当に良いのか?」念を押すように言う。
「ええ、お引き受け致します。竹中さんの依頼とあってはお断りできませんからね」笑って返した。
「助かるよ。省内には省内なりの事情があってな、申し訳ない」銀行には銀行の、そして霞が関には霞が関の事情がある。竹中の詫びの言葉にそんな裏事情が滲む。
「私の方は問題ありませんから、大丈夫ですよ。日時など詳細が決まり次第、連絡をお待ちしています」
「ああ、近い中に吉住に連絡させる。仕事の邪魔をしちゃ悪いから、もう切るよ。それじゃ、宜しく頼む」
「はい、失礼します」相手が電話を切るのを確認してから、受話器を置いた。
ドル円は夕方近くになり、13円台を覗き始めるが、積極的に買い上げる気配は感じられない。
海外でも一時13円09まで付けたが、週末に米雇用統計の発表を控えているだけにポジションを傾けたくないという市場心理が働いているのだ。
5日(火曜日)もドル円は12円台半ばを中心としただらけた展開に終わった。相場に変化が現れたのは6日のことである。
‘エルサレムをイスラエルの首都として認めるトランプの方針’が報じられると、日経平均が500円超も下落し、それに連れてドル円もオファーになった。そして欧州市場が厚みをました4時過ぎ、ドル円は束の間12円を割り込んだ。
「課長、ここはどうしますか?」山下が聞く。
「ポジション(ドルロング)の投げもあっての下落だ。少しロンドンの様子を見よう。今日は少し頑張るが、お前も付き合ってくれるか?」
「もちろんです」11月に14円73を付けて以降、ドルのショート回転で儲けた山下の声は明るい。
それから数時間、二人はポジションをとる機会を待ったが、良い時間帯は訪れなかった。ドル円は12円前半での小動きに止まり、ユーロドルの戻りも鈍い。既に時計の針は午後9時を回ろうとしている。
「動かないな。何かやって引き上げるとするか?」山下にポジションを取る様に促した。
「そうですね。ドル円は一旦、買いだと思いますが・・・?」
「11月の高値14円73からの落としが少し浅かった気がする。まだドルが上に行きたがってるのかもな。今日のロングの投げでイベント前(米雇用統計)のポジション調整もほぼ終わった様だし、お前の言う様に買ってみるか。50本頼む」
山下がキーボードを叩き出した。ロンドンとのディールである。
「21(112円21銭)で40本、22で30本、ダンしました」人気の途絶え始めたディーリング・ルームに山下の声が響き渡った。
「了解」
「僕はストップと利食いのオーダーを出しますが、了さんはどうします?」こんなとき、山下は課長とは呼ばない。もう一仕事を終えて、寛ぎのゾーンに入っているのだ。
「俺はまだ14円台のショートをキャリーしてるから、リーブは要らない。この先の展開を見て処理は考えるよ。お前のリーブは12円80の利食いと11円80の損切りか?」
「はい、そうですが。どうして分かるんですか?」
「飯を食うのと同じで、お前はポジションの手仕舞いも早いからな」先刻まで二・三人残っていた部屋にはもう誰もいない。大声で笑いながら、山下をからかった。
山下も「利食ってなんぼですからね」と応戦するが、直ぐに「僕も了さんみたいに、性根の座ったディールをしたいと思ってるんですが・・・」と照れながら本音を漏らした。
そんな彼を労う様に「腹が減ったな。何処かで旨いものでも食って帰るか」と誘う。
「そうこなくっちゃ。今日は新丸ビルの‘こなから’にしますね」勝手に行先まで決めてる。‘この調子なら、ニューヨークでも無事に仕事を熟してくれるだろう’
金曜日の11月米雇用統計は、概ね雇用が健全であることが確認される結果となった。ドル円は週高値の13円58を付けた後、13円48銭で引けた。市場は結果をある程度好感した格好である。
土曜日の午後10時、ウィスキーグラスに半分程ラフロイグを注ぎ、PCと向き合った。
国際金融新聞の木村に来週のドル円相場予測のメールを書くためである。
木村様
来週のドル円予測をお送りします。
多少ドルがビッドになると踏んでいますが、114円台では上値が重たいと考えています。
もっとも、市場が115円は鉄壁と思い込み始めている点には要注意かと。
こうした水準はあっさり抜けることが時折りあるからです。
とは言え、この局面で11月の高値14円73銭を抜けなければ、反落も大きそうで、積極的にドルを買う人間は少ないと考えています。
自分自身のポジションは14円台前半のショートと12円前半のロングですが、双方同金額で抱合せればスクエアです。
ただ、できれば14円台のショートがこの先も維持できればと考えています。
予測レンジ:110円85銭~114円40銭
行間の埋め草はいつも通り宜しくお願いします。
~ご参考まで~
12月のFOMCでの利上げはほぼ確実ですが、ドットチャートでメンバーが中立金利(長期のFFレート水準)をどの様に置いてくるのかが気に懸ります。
今回の中立金利は2.75%のまま据え置かれると思いますが、将来の法人税減税の影響を考慮すれば、引上げられる可能性も多少あるかと。
もっとも、イールドカーブのフラットニングが進んでいるため、中立金利を引き上げることには矛盾があります。
市場が先々の景気を良好と読めば、長期金利が上昇し、その矛盾は解消されるのですが。
ちなみに、レパトリ減税については以下の様に考えています。現時点で実施時期、「時限立法となるか恒久減税か」が不透明です。
通常、12月は日本在籍の現地法人等の本国への利益送金の円売りが出やすいとされ、ドル円ではドル高円安に振れる傾向があります。
しかしながら、レパトリ減税の実施時期や期間を見極めたいと考えている米企業の現法が、利益・配当の送金を先送りする可能性があります。
確かに米税制法案への見通しが明るくなったことで、軟調だったドル円相場が少しビッド気味ですが、この点では例年よりもドルの需給が緩いかもしれません。
IBT国際金融本部外国為替課長 仙崎了
続きはこちらよりお読みいただけます。
https://real-int.jp/articles/1764/